古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1455番

春をへて

藤原定家(ふじわらのさだいえ(ていか))

春を経て行幸に慣れている花の陰よ、年老いていくわが身も、あわれと思うだろうか。

作者
藤原定家朝臣(藤原定家)
  1. 1近衞このゑづかさ近衞このゑづかさこのえづかさづかさにてづかさにてずかさにて年とし年としとし久ひさ久ひさひさしくなりてしくなりてしくなりて後のち後のちのち、、、上うへ上うへうえのをのこどものをのこどものおのこども大内おほうち大内おほうちおおうちののの花はな花はなはな見み見みみにまかりけるによめるにまかりけるによめるにまかりけるによめる詞書
  2. 2春はる春はるはるをををへてへてへて初句
  3. 3行幸みゆき行幸みゆきみゆきになるゝになるゝになるる二句
  4. 4花はな花はなはなののの蔭かげ蔭かげかげ三句
  5. 5ふりゆくふりゆくふりゆく身み身みみをもをもをも四句
  6. 6哀あは哀あはあわれとやれとやれとや思おも思おもおもふふう結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕近衛府に長年勤めた後、殿上人たちが内裏の花見に出かけた時に詠んだ歌。

春を経て行幸に慣れている花の陰よ、年老いていくわが身も、あわれと思うだろうか。

意訳

幾春も行幸を迎えてきた桜の花よ、その下で年老いていく私の身も、あわれと思ってくれるだろうか。

語釈・文法注

ふり
「降り」と「古り」を掛ける。

和歌

作者
藤原定家(ふじわらのさだいえ(ていか)) 1162–1241
藤原俊成の子。『新古今和歌集』の撰者の一人で、のち『新勅撰和歌集』を単独で撰び、『小倉百人一首』を選んだとされる。妖艶・有心の美を追求した新古今時代の代表的歌人。日記『明月記』、歌論書『近代秀歌』『毎月抄』がある。
出典
『新古今和歌集』巻第十六・雑歌上・1455番
歌体
短歌
状況
詞書「近衞づかさにて年久しくなりて後、上のをのこども大内の花見にまかりけるによめる」(近衛府に長年勤めた後、殿上人たちが内裏の花見に出かけた時に詠んだ歌)。

解説

定家の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、264頁(コマ142)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日