古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十三 恋歌三 1210番

なれ行くは

徽子女王(斎宮女御)(きしじょおう)

慣れていくのはつらい世だからか、須磨の海人の塩焼き衣のように、間遠になるのだろう。

作者
女御徽子女王(徽子女王(斎宮女御))
  1. 1天曆てんりやく天曆てんりやくてんりゃくののの御時おほんとき御時おほんときおおんとき、、、まどほにあれやとまどほにあれやとまどおにあれやと侍はべ侍はべはべりければりければりければ詞書
  2. 2なれなれなれ行ゆ行ゆゆくくくははは初句
  3. 3浮世うきよ浮世うきようきよなればやなればやなればや二句
  4. 4須磨すま須磨すますまののの蜑あま蜑あまあまののの三句
  5. 5鹽燒衣しほやきごろも鹽燒衣しほやきごろもしおやきごろも四句
  6. 6まどほなるらむまどほなるらむまどおなるらむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕天暦の御代、「間遠であるか」とおっしゃいましたので。

慣れていくのはつらい世だからか、須磨の海人の塩焼き衣のように、間遠になるのだろう。

意訳

慣れ親しむほど、つらい世の中だからでしょうか。須磨の海人の塩焼き衣の織り目が粗いように、あなたのお越しも間遠になるのでしょう。

語釈・文法注

まどほ
衣の織り目が粗いことと、訪れが間遠なことを掛ける。

和歌

作者
徽子女王(斎宮女御)(きしじょおう) 929–985
醍醐天皇の皇子重明親王の娘。伊勢の斎宮を務めたのち、村上天皇の女御となり、斎宮女御と呼ばれた。琴と和歌にすぐれた。三十六歌仙の一人。
出典
『新古今和歌集』巻第十三・恋歌三・1210番
歌体
短歌
状況
詞書「天曆の御時、まどほにあれやと侍りければ」(天暦の御代、「間遠であるか」とおっしゃいましたので)。

修辞

掛詞
「まどほ」に「間遠」の二つの意。
縁語
「なれ(なれ衣)」「衣」。

解説

徽子女王の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、221頁(コマ120)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日