古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十三 恋歌三 1198番

なにゆゑと

藤原良経(後京極摂政)(ふじわらのよしつね)

なぜということも思わない夕べでさえ、待って出てきたものなのに、山の端の月よ。

作者
攝政太政大臣(藤原良経(後京極摂政))
  1. 1水無瀨みなせ水無瀨みなせみなせにてにてにて、、、戀こひ戀こひこいののの十五首じふごしゆ十五首じふごしゆじゅうごしゅののの歌合うたあはせ歌合うたあはせうたあわせににに、、、夕戀ゆふべのこひ夕戀ゆふべのこひゆうべのこいといへるといへるといえる心こころ心こころこころををを詞書
  2. 2なにゆゑとなにゆゑとなにゆえと初句
  3. 3思おも思おもおもひもいれぬひもいれぬいもいれぬ二句
  4. 4夕ゆふべ夕ゆふべゆうべだにだにだに三句
  5. 5待ま待ままちちち出い出いいでしものでしものでしものををを四句
  6. 6山やま山やまやまののの端は端ははののの月つき月つきつき結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕水無瀬で、恋の十五首歌合で、「夕恋」という題を。

なぜということも思わない夕べでさえ、待って出てきたものなのに、山の端の月よ。

意訳

何とも思っていなかった夕べでさえ、山の端の月を待って見たものだ。まして恋人を待つ今は、月の出がひとしお待たれる。

語釈・文法注

和歌

作者
藤原良経(後京極摂政)(ふじわらのよしつね) 1169–1206
九条兼実の子。摂政・太政大臣に至った。『新古今和歌集』の仮名序を書き、和歌所の寄人の筆頭として撰集を主導した。叔父の慈円や藤原定家ら御子左家の歌人を庇護し、清新で格調の高い歌を詠んだ。書にもすぐれ、後京極流の祖とされる。『新古今和歌集』に七十九首が入る。
出典
『新古今和歌集』巻第十三・恋歌三・1198番
歌体
短歌
状況
詞書「水無瀨にて、戀の十五首の歌合に、夕戀といへる心を」(水無瀬で、恋の十五首歌合で、「夕恋」という題を)。

修辞

字余り
第四句。
体言止め
体言止め。

解説

良経の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、219頁(コマ119)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日