古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十二 恋歌二 1083番

袖をのみ

藤原良経(後京極摂政)(ふじわらのよしつね)

袖ばかり濡らす須磨の浦人のように涙をたれて、乾かしきれない袖の果てを知りたいものだ。

作者
攝政太政大臣(藤原良経(後京極摂政))
  1. 1百首ひやくしゆ百首ひやくしゆひゃくしゅののの歌うた歌うたうた奉たてまつ奉たてまつたてまつりしりしりし時とき時ときとき、、、戀こひ戀こひこいののの歌うた歌うたうた詞書
  2. 2袖そで袖そでそでをををのみのみのみ初句
  3. 3須磨すま須磨すますまののの浦うら浦うらうら人びと人びとびと二句
  4. 4藻鹽もしほ藻鹽もしほもしおたれたれたれ三句
  5. 5ほしあへぬほしあへぬほしあえぬ袖そで袖そでそでののの四句
  6. 6果はて果はてはてををを知し知ししらばやらばやらばや結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕百首歌を献上した時の、恋の歌。

袖ばかり濡らす須磨の浦人のように涙をたれて、乾かしきれない袖の果てを知りたいものだ。

意訳

須磨の浦人が藻塩をたれて袖を濡らすように、私は涙ばかり流している。乾く間もないこの袖が、最後にはどうなってしまうのか知りたい。

語釈・文法注

藻塩たれ
藻塩をとるために海水を注ぐ。涙を流す意を掛ける。

和歌

作者
藤原良経(後京極摂政)(ふじわらのよしつね) 1169–1206
九条兼実の子。摂政・太政大臣に至った。『新古今和歌集』の仮名序を書き、和歌所の寄人の筆頭として撰集を主導した。叔父の慈円や藤原定家ら御子左家の歌人を庇護し、清新で格調の高い歌を詠んだ。書にもすぐれ、後京極流の祖とされる。『新古今和歌集』に七十九首が入る。
出典
『新古今和歌集』巻第十二・恋歌二・1083番
歌体
短歌
状況
詞書「百首の歌奉りし時、戀の歌」(百首歌を献上した時の、恋の歌)。

修辞

字余り
第四句。

解説

良経の歌。底本は初句を「袖をのみ」とするが、「恋をのみ」とする本もある。

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出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、197頁(コマ108)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日