新古今和歌集 巻第十 羇旅歌 912番
故鄕の
故郷の人が旅寝の夢に見えたのは、恨んでいるのだろうか、また便りもしないので。
場面イラスト(準備中)
- 1亭子院亭子院ていじのいん、、、御御おおんぐしおろしてぐしおろしてぐしおろして山々山々やまやま寺々寺々てらでらににに修行修行しゅぎょうしたまひけるしたまひけるしたまいける頃頃ころ、、、御御おおん供供ともににに侍侍はべりてりてりて、、、和泉和泉いずみののの國國くに日根日根ひねといふといふという所所ところにてにてにて、、、人々人々ひとびと歌歌うたよみよみよみ侍侍はべりけるによめるりけるによめるりけるによめる詞書
- 2故鄕故鄕ふるさとののの初句
- 3旅旅たび寢寢ねののの夢夢ゆめににに二句
- 4見見みえつるえつるえつるははは三句
- 5恨恨うらみやすらむみやすらむみやすらむ四句
- 6又又またととと問問とははわねばねばねば結句
現代語訳
〔詞書〕亭子院が出家なさって、あちこちの山や寺で修行なさったころ、御供としてお仕えして、和泉の国の日根という所で、人々が歌を詠みました時に詠んだ歌。
故郷の人が旅寝の夢に見えたのは、恨んでいるのだろうか、また便りもしないので。
意訳
旅寝の夢に故郷の妻が現れた。久しく便りもしないので、私を恨んでいるのだろうか。
語釈・文法注
- 日根
- 和泉国の地名。今の大阪府泉佐野市。
和歌
- 作者
- 橘良利(たちばなのよしとし) 生没年未詳(九世紀末〜十世紀初め)
宇多法皇に仕え、法皇の出家に従って出家した。法名は寛蓮。碁の名手として知られた。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十・羇旅歌・912番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「亭子院、御ぐしおろして山々寺々に修行したまひける頃、御供に侍りて、和泉の國日根といふ所にて、人々歌よみ侍りけるによめる」(亭子院が出家なさって、あちこちの山や寺で修行なさったころ、御供としてお仕えして、和泉の国の日根という所で、人々が歌を詠みました時に詠んだ歌)。
解説
良利の歌。良利は宇多法皇の御供をした僧。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、166〜167頁(コマ93)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日