新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 848番
いつの間に
いつのまに、わが身をすっかり山がつにしてしまって、都を旅先と思うようになったのだろう。
場面イラスト(準備中)
- 1通通かよひけるひけるひける女女おんな、、、山里山里やまざとにてにてにて果敢果敢はかなくなりにければなくなりにければなくなりにければ、、、徒然徒然つれずれとこもりゐてとこもりゐてとこもりいて侍侍はべりけるがあからさまにりけるがあからさまにりけるがあからさまに京京きょうへへへまかりてまかりてまかりて、、、曉曉あかつき歸歸かえるにるにるに、、、鳥鳥とり鳴鳴なきぬときぬときぬと人々人々ひとびといそがしいそがしいそがし侍侍はべりければりければりければ詞書
- 2いつのいつのいつの間間まににに初句
- 3身身みををを山山やまがつにがつにがつに二句
- 4なしなしなし果果はてゝてゝてて三句
- 5都都みやこををを旅旅たびととと四句
- 6思思おもふなるらむふなるらむうなるらむ結句
現代語訳
〔詞書〕通っていた女が山里で亡くなったので、つくづくとそこにこもっておりましたが、ちょっと京へ出かけて、明け方帰る時に、鶏が鳴いたと人々がせかしましたので。
いつのまに、わが身をすっかり山がつにしてしまって、都を旅先と思うようになったのだろう。
意訳
亡き人を偲んで山里にこもっているうちに、いつのまにか、すっかり山里の人になってしまった。都が旅先のように思え、早く山里に帰りたくなるとは。
語釈・文法注
- 山がつ
- 山に住む身分の低い人。
和歌
- 作者
- 藤原顕輔(ふじわらのあきすけ) 1090–1155
藤原顕季の子で、清輔の父。崇徳院の命で六番目の勅撰集『詞花和歌集』を撰んだ。六条藤家の歌学を確立した。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・848番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「通ひける女、山里にて果敢なくなりにければ、徒然とこもりゐて侍りけるがあからさまに京へまかりて、曉歸るに、鳥鳴きぬと人々いそがし侍りければ」(通っていた女が山里で亡くなったので、つくづくとそこにこもっておりましたが、ちょっと京へ出かけて、明け方帰る時に、鶏が鳴いたと人々がせかしましたので)。
解説
顕輔の歌とされる。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、153〜154頁(コマ86)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日