新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 845番
有りし世に
生きていたころは、しばらくでも会わずにはいられなかったのに、今は「ああ」とだけ言って、終わってしまった。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕能因法師が亡くなった後、詠みました歌。
生きていたころは、しばらくでも会わずにはいられなかったのに、今は「ああ」とだけ言って、終わってしまった。
意訳
能因が生きていたころは、少しの間でも会わずにはいられなかった。それなのに亡くなった今は、ただ「ああ」と嘆くだけで終わってしまった。
語釈・文法注
- ありし世
- 生きていたころ。
和歌
- 作者
- 藤原兼房(ふじわらのかねふさ) 1001–1069
藤原兼隆の子。讃岐守などを務めた。夢に人麻呂を見て、その姿を描かせたという話が伝わる。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・845番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「能因法師身まかりて後、よみ侍りける」(能因法師が亡くなった後、詠みました歌)。
解説
兼房の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、153頁(コマ86)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日