新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 844番
あらざらむ
自分がいなくなった後に偲べというので、袖の香を花橘にとどめておいたのだろうか。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕子が亡くなった翌年の夏、その家に行きましたところ、花橘が香っていたので詠んだ歌。
自分がいなくなった後に偲べというので、袖の香を花橘にとどめておいたのだろうか。
意訳
あの子は、自分がいなくなった後に偲んでほしいと思って、袖の香りを花橘にとどめておいたのだろうか。
語釈・文法注
- あらざらむ
- いなくなるであろう。
和歌
- 作者
- 祝部成仲(はふりべのなりなか) 1099–1191
近江の日吉社の神職(禰宜)。歌林苑の歌人と交わり、多くの歌合に出詠した。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・844番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「子の身まかりにける次の年の夏、かの家にまかりたりりけるに花橘の薫りければよめる」(子が亡くなった翌年の夏、その家に行きましたところ、花橘が香っていたので詠んだ歌)。
修辞
- 本歌取り
- 「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(古今集)をふまえる。
解説
成仲の歌。底本は詞書を「まかりたりりけるに」と刷る。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、152〜153頁(コマ86)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日