古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 835番

我もいつぞ

慈円(じえん)

私もいつかは、生きていたならばと偲ばれるだろう。見た人を偲ぼうとすると、偲ぶ人がいっそう加わっていく。

詞書
「無常の心を」(前の歌と同じ詞書)
作者
前大僧正慈圓(慈円)
  1. 1我われ我われわれもいつぞもいつぞもいつぞ初句
  2. 2あらましかばとあらましかばとあらましかばと二句
  3. 3見み見みみししし人ひと人ひとひとををを三句
  4. 4忍しの忍しのしのぶとすればぶとすればぶとすれば四句
  5. 5いとゞいとゞいとど添そ添そそひひい行ゆ行ゆゆくくく結句

引用の仕方

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現代語訳

私もいつかは、生きていたならばと偲ばれるだろう。見た人を偲ぼうとすると、偲ぶ人がいっそう加わっていく。

意訳

私もいつかは、生きていればと人に偲ばれる身になるのだ。亡くなった人を偲ぼうとすると、偲ぶべき人がますます増えていく。

語釈・文法注

あらましかば
生きていたならば。

和歌

作者
慈円(じえん) 1155–1225
関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟、良経の叔父。天台座主を四度務めた。歴史書『愚管抄』を著した。率直で多彩な歌風で、『新古今和歌集』に西行に次ぐ九十二首が入る。家集に『拾玉集』がある。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・835番
歌体
短歌
状況
詞書「無常の心を」(無常の心を詠んだ歌)。

修辞

字余り
初句。

解説

慈円の歌。底本は第四句を「忍ぶとすれば」とするが、「忍ぶとすれど」とする本もある。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、151頁(コマ85)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日