古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 812番

憂しとては

藤原生子(ふじわらのせいし)

つらいといって出てしまった家を、また出ていくのだ。どうして古い家に、私は帰ってきたのだろう。

作者
女御藤原生子(藤原生子)
  1. 1後朱雀院ごすざくゐん後朱雀院ごすざくゐんごすざくいんかくれかくれかくれ給たま給たまたまひてひていて、、、上東門院じやうとうもんゐん上東門院じやうとうもんゐんじょうとうもんいん白河しらかは白河しらかはしらかわににに籠こも籠こもこもりりり給たま給たまたまひにけるひにけるいにけるををを聞き聞きききてきてきて詞書
  2. 2憂う憂ううしとてしとてしとてははは初句
  3. 3出い出いいでにしでにしでにし家いへ家いへいえををを二句
  4. 4出い出いいでぬなりでぬなりでぬなり三句
  5. 5などなどなど故鄕ふるさと故鄕ふるさとふるさとににに四句
  6. 6わがわがわが歸かへ歸かへかえりけむりけむりけむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕後朱雀院がお亡くなりになって、上東門院が白河にこもられたのを聞いて。

つらいといって出てしまった家を、また出ていくのだ。どうして古い家に、私は帰ってきたのだろう。

意訳

つらいといって一度は出た家を、帝の崩御で、また出ていかなくてはならない。どうして私はこの古い家に帰ってきてしまったのだろう。

語釈・文法注

憂しとては
つらいといって。

和歌

作者
藤原生子(ふじわらのせいし) 1014–1068
藤原教通の娘。後朱雀天皇の女御。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・812番
歌体
短歌
状況
詞書「後朱雀院かくれ給ひて、上東門院白河に籠り給ひにけるを聞きて」(後朱雀院がお亡くなりになって、上東門院が白河にこもられたのを聞いて)。

修辞

三句切れ
三句切れ。

解説

藤原生子の歌。生子は後朱雀天皇の女御。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、146頁(コマ83)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日