古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 800番

今日來ずば

藤原公任(ふじわらのきんとう)

今日来なかったならば、見ないで終わっただろうか。山里の紅葉も人も、常でない世に。

作者
能因法師(藤原公任)
  1. 1世よ世よよののの中なか中なかなか、、、はかなくはかなくはかなく人々ひとびと人々ひとびとひとびと多おほ多おほおおくなりくなりくなり侍はべ侍はべはべりけるりけるりける頃ころ頃ころころ、、、中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゆうじょう宣方朝臣のぶかたのあそん宣方朝臣のぶかたのあそんのぶかたのあそん身み身みみまかりてまかりてまかりて、、、十月かみなづき十月かみなづきかみなずきばかりばかりばかり白河しらかは白河しらかはしらかわののの家いへ家いへいえににに罷まか罷まかまかりけるにりけるにりけるに、、、紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじののの一ひと一ひとひと葉は葉はは殘のこ殘のこのこれるれるれるををを見み見みみつけてつけてつけて詞書
  2. 2今日けふ今日けふきょう來こ來ここずばずばずば初句
  3. 3見み見みみでややまゝしでややまゝしでややままし二句
  4. 4山里やまざと山里やまざとやまざとののの三句
  5. 5紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじももも人ひと人ひとひとももも四句
  6. 6常つね常つねつねならぬならぬならぬ世よ世よよににに結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕世の中が無常で、人々が多く亡くなりましたころ、中将宣方朝臣が亡くなって、十月ごろ白河の家に行きました時に、紅葉が一葉残っているのを見つけて。

今日来なかったならば、見ないで終わっただろうか。山里の紅葉も人も、常でない世に。

意訳

今日ここに来なければ、この一葉の紅葉を見ずに終わっただろう。山里の紅葉も人の命も、移ろいやすいこの世なのだから。

語釈・文法注

ややままし
終わってしまっただろうか。「まし」は反実仮想。

和歌

作者
藤原公任(ふじわらのきんとう) 966–1041
関白藤原頼忠の子。大納言に至った。和歌・漢詩・管絃にすぐれ、『和漢朗詠集』を編み、『拾遺抄』『三十六人撰』を撰んだ。歌論書『新撰髄脳』がある。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・800番
歌体
短歌
状況
詞書「世の中、はかなく人々多くなり侍りける頃、中將宣方朝臣身まかりて、十月ばかり白河の家に罷りけるに、紅葉の一葉殘れるを見つけて」(世の中が無常で、人々が多く亡くなりましたころ、中将宣方朝臣が亡くなって、十月ごろ白河の家に行きました時に、紅葉が一葉残っているのを見つけて)。

修辞

二句切れ
二句切れ。
倒置
倒置。

解説

公任の歌とされる。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、143頁(コマ81)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日