古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 793番

朽ちもせぬ

西行法師(さいぎょうほうし)

朽ちることのないその名だけをとどめ置いて、枯野の薄を形見として見ることだ。

作者
西行法師
  1. 1陸奥みちのく陸奥みちのくみちのく國くに國くにくにへへへまかりけるまかりけるまかりける野中のなか野中のなかのなかににに、、、目め目めめににに立た立たたつつつ樣さま樣さまさまなるなるなる塚つか塚つかつかののの侍はべ侍はべはべりけるりけるりけるををを問と問ととはせはせわせ侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、これなむこれなむこれなむ中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゆうじょうののの墓はか墓はかはかととと答こた答こたこたへければへければえければ、、、中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゆうじょうとととはははいづれのいづれのいずれの人ひと人ひとひとぞとぞとぞと問と問ととひひい侍はべ侍はべはべりければりければりければ、、、實方さねかた實方さねかたさねかた朝臣あそん朝臣あそんあそんののの事こと事ことこととなんとなんとなん申まう申まうもうしけるにしけるにしけるに、、、冬ふゆ冬ふゆふゆののの事こと事ことことにてにてにて霜枯しもがれ霜枯しもがれしもがれののの薄すすき薄すすきすすきほの〴〵とほの〴〵とほのぼのと見み見みみえわたりてえわたりてえわたりて折をり折をりおりふしものふしものふしもの悲かな悲かなかなしくしくしく覺おぼ覺おぼおぼえええ侍はべ侍はべはべりければよめるりければよめるりければよめる詞書
  2. 2朽く朽くくちもせぬちもせぬちもせぬ初句
  3. 3そのそのその名な名ななばかりばかりばかりををを二句
  4. 4とゞめとゞめとどめ置お置おおきてきてきて三句
  5. 5枯野かれの枯野かれのかれのののの薄すすき薄すすきすすき四句
  6. 6かたみにぞかたみにぞかたみにぞ見み見みみるるる結句

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔詞書〕陸奥国へ下った時、野中に目立つ様子の塚がありましたのを尋ねさせたところ、「これは中将の墓だ」と答えたので、「中将とはどの人か」と尋ねますと、「実方朝臣のことだ」と申しましたが、冬のことで霜枯れの薄がほのぼのと見わたされて、折からもの悲しく思われましたので詠んだ歌。

朽ちることのないその名だけをとどめ置いて、枯野の薄を形見として見ることだ。

意訳

実方朝臣は、朽ちることのない名だけをこの世に残して逝ってしまった。私は、墓のあたりに枯れ残る薄を、その形見として眺めている。

語釈・文法注

中将
藤原実方。陸奥守として任地で没した。

和歌

作者
西行法師(さいぎょうほうし) 1118–1190
俗名は佐藤義清(のりきよ)。鳥羽院の北面の武士だったが、二十三歳で出家し、諸国を旅して歌を詠んだ。自然と人生の哀感を率直に詠み、『新古今和歌集』に最も多い九十四首が入る。家集に『山家集』がある。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・793番
歌体
短歌
状況
詞書「陸奥國へまかりける野中に、目に立つ樣なる塚の侍りけるを問はせ侍りければ、これなむ中將の墓と答へければ、中將とはいづれの人ぞと問ひ侍りければ、實方朝臣の事となん申しけるに、冬の事にて霜枯の薄ほの〴〵と見えわたりて折ふしもの悲しく覺え侍りければよめる」(陸奥国へ下った時、野中に目立つ様子の塚がありましたのを尋ねさせたところ、「これは中将の墓だ」と答えたので、「中将とはどの人か」と尋ねますと、「実方朝臣のことだ」と申しましたが、冬のことで霜枯れの薄がほのぼのと見わたされて、折からもの悲しく思われましたので詠んだ歌)。

修辞

字余り
第三句。

解説

西行の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、142頁(コマ81)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日