新古今和歌集 巻第七 賀歌 741番
藻鹽草
藻塩草をかき集めるように、書いても尽きないだろう。わが君の御代の数ほどに詠みおく和歌の浦の浪のような歌は。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕和歌所の開闔となって、はじめて出仕した日に、奏上しました歌。
藻塩草をかき集めるように、書いても尽きないだろう。わが君の御代の数ほどに詠みおく和歌の浦の浪のような歌は。
意訳
藻塩草を浜でかき集めるように、和歌所で歌をいくら書き集めても尽きることはないだろう。和歌の浦に寄せる浪の数のように、わが君の御代の年の数だけ歌が詠まれていくのだから。
語釈・文法注
- 開闔
- 和歌所の事務長。
- 藻塩草
- 塩をとる海藻。「書く」と「掻く」を掛け、書き集めたものの意。
- 和歌の浦
- 紀伊国の歌枕。「和歌」を掛ける。
和歌
- 作者
- 源家長(みなもとのいえなが) 1170?–1234
源時長の子。和歌所の開闔(事務長)として『新古今和歌集』の撰集の実務にあたり、『源家長日記』を残した。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第七・賀歌・741番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「和歌所の開闔になりて、始めて參りし日奏し侍りし」(和歌所の開闔となって、はじめて出仕した日に、奏上しました歌)。
修辞
- 掛詞
- 「かく」に「掻く」と「書く」、「わか」に「和歌」と「和歌の浦」。
- 縁語
- 「藻塩草」「浦浪」。
- 体言止め
- 体言止め。
解説
家長の歌。家長は『源家長日記』の作者。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、130頁(コマ75)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日