新古今和歌集 巻第六 冬歌 706番
けふ每に
毎年この日が来るたびに、今日が最後かと惜しむけれども、また今年も、この日に巡りあったことだ。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕千五百番歌合で詠んだ歌。
毎年この日が来るたびに、今日が最後かと惜しむけれども、また今年も、この日に巡りあったことだ。
意訳
毎年大晦日が来るたびに、これが最後の年の暮れかと惜しんできた。けれども、今年もまたこの日を迎えることができた。
語釈・文法注
- けふ毎に
- 毎年この日が来るたびに。
和歌
- 作者
- 藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第六・冬歌・706番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「千五百番歌合に」(千五百番歌合で詠んだ歌)。
解説
俊成が九十歳近くで詠んだ歌で、巻第六の巻末歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、123頁(コマ71)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日