新古今和歌集 巻第六 冬歌 681番
冬草の
冬草が枯れるように離れてしまった人が、今さら雪を踏み分けて、姿を見せるだろうか。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
冬草が枯れるように離れてしまった人が、今さら雪を踏み分けて、姿を見せるだろうか。
意訳
冬草が枯れるように、私から離れていってしまった人。そんな人が、今さら雪を踏み分けて訪ねてくることなどあるだろうか。
語釈・文法注
- かれ
- 「枯れ」と「離(か)れ」を掛ける。
- ものかは
- 〜だろうか、いやない。
和歌
- 作者
- 曽禰好忠(そねのよしただ) 生没年未詳(十世紀後半)
丹後掾を務めたことから曽丹と呼ばれた。古語や俗語を交えた斬新な歌風で、当時は異端視されたが、新古今時代に高く評価された。百首歌・毎月集の形式を試みた。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第六・冬歌・681番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
修辞
- 掛詞
- 「かれ」に「枯れ」と「離れ」。
- 序詞
- 「冬草の」が「かれ」を導く。
解説
好忠の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、119頁(コマ69)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日