古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第六 冬歌 636番

橋姫の

後鳥羽院(ごとばいん)

橋姫が片敷く衣をむしろの上に敷いて、待つ夜もむなしく明ける宇治の曙よ。

作者
太上天皇(後鳥羽院)
  1. 1最勝四天王院さいしようしてんわうゐん最勝四天王院さいしようしてんわうゐんさいしょうしてんのういんののの障子しやうじ障子しやうじしょうじににに、、、宇治うぢ宇治うぢうじ川かは川かはかわかきたるかきたるかきたる所ところ所ところところ詞書
  2. 2橋姫はしひめ橋姫はしひめはしひめののの初句
  3. 3かたしきかたしきかたしき衣ごろも衣ごろもごろも二句
  4. 4さむしろにさむしろにさむしろに三句
  5. 5待ま待ままつつつ夜よ夜よよむなしきむなしきむなしき四句
  6. 6宇治うぢ宇治うぢうじののの曙あけぼの曙あけぼのあけぼの結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕最勝四天王院の障子に、宇治川を描いた所に添えた歌。

橋姫が片敷く衣をむしろの上に敷いて、待つ夜もむなしく明ける宇治の曙よ。

意訳

宇治の橋姫は、衣の片袖をむしろに敷いて恋人を待っていたが、その夜もむなしく、宇治の曙を迎えてしまった。

語釈・文法注

最勝四天王院
後鳥羽院が建てた寺院。障子(襖)に名所絵が描かれた。
さむしろ
むしろ。「寒し」を掛ける。

和歌

作者
後鳥羽院(ごとばいん) 1180–1239
第八十二代天皇。譲位後に院政を行い、和歌所を置いて『新古今和歌集』の撰集を命じ、自らも撰歌と切継に深く関わった。承久の乱(1221)に敗れて隠岐に配流され、配所でも集の精選(隠岐本)を続けた。『新古今和歌集』では「太上天皇」と記され、三十三首が入る。
出典
『新古今和歌集』巻第六・冬歌・636番
歌体
短歌
状況
詞書「最勝四天王院の障子に、宇治川かきたる所」(最勝四天王院の障子に、宇治川を描いた所に添えた歌)。

修辞

本歌取り
「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」(古今集)をふまえる。
体言止め
体言止め。

解説

後鳥羽院の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、111頁(コマ65)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日