新古今和歌集 巻第五 秋歌下 488番
人目見し
人目を楽しませた野辺の景色は葉先から枯れて、露をよりどころとして宿る月であることよ。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕摂政太政大臣(良経)が大将でした時、月の歌五十首を詠ませました時の歌。
人目を楽しませた野辺の景色は葉先から枯れて、露をよりどころとして宿る月であることよ。
意訳
花が咲き人々が訪れた野辺も、今は枯れて寂しくなった。ただ、枯れ草に置いた露をよりどころとして、月の光が宿っている。
語釈・文法注
- よすが
- よりどころ。
和歌
- 作者
- 寂蓮法師(じゃくれんほうし) 1139?–1202
俗名は藤原定長。藤原俊成の甥で養子となったが、定家が生まれると出家した。『新古今和歌集』の撰者に選ばれたが、完成前に没した。「三夕の歌」の一首「さびしさはその色としもなかりけり」で知られる。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第五・秋歌下・488番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「攝政太政大臣、大將に侍りける時、月の歌五十首よませ侍りけるに」(摂政太政大臣(良経)が大将でした時、月の歌五十首を詠ませました時の歌)。
解説
寂蓮の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、85〜86頁(コマ52)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日