古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第五 秋歌下 443番

我ならぬ

源通親(みなもとのみちちか)

私ではない人も、しみじみとした思いがまさるだろうか。鹿の鳴く山の秋の夕暮れには。

作者
土御門內大臣(源通親)
  1. 1晩聞鹿ばんにしかをきく晩聞鹿ばんにしかをきくばんにしかおきくといふといふという事こと事ことことをををよみよみよみ侍はべ侍はべはべりしりしりし詞書
  2. 2我われ我われわれならぬならぬならぬ初句
  3. 3人ひと人ひとひともあはれやもあはれやもあわれや二句
  4. 4まさるらむまさるらむまさるらむ三句
  5. 5鹿しか鹿しかしかなくなくなく山やま山やまやまののの四句
  6. 6秋あき秋あきあきののの夕ゆふ夕ゆふゆうぐれぐれぐれ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕「晩に鹿を聞く」という題で詠みました歌。

私ではない人も、しみじみとした思いがまさるだろうか。鹿の鳴く山の秋の夕暮れには。

意訳

鹿の鳴く山の秋の夕暮れは、私だけでなく、誰でもしみじみとした悲しさを感じるに違いない。

語釈・文法注

我ならぬ人
自分以外の人。

和歌

作者
源通親(みなもとのみちちか) 1149–1202
村上源氏。内大臣に至った。後鳥羽院の外戚として権勢をふるい、通具・通光の父。和歌所の寄人を務めた。
出典
『新古今和歌集』巻第五・秋歌下・443番
歌体
短歌
状況
詞書「晩聞鹿といふ事をよみ侍りし」(「晩に鹿を聞く」という題で詠みました歌)。

修辞

三句切れ
三句切れ。
体言止め
体言止め。

解説

作者の土御門内大臣は源通親。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、78頁(コマ49)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日