古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第四 秋歌上 378番

武蔵野や

源通光(みなもとのみちてる)

武蔵野よ、行っても行っても秋の果てがない。どんな風が、その果てに吹いているのだろうか。

作者
左衞門督通光(源通光)
  1. 1水無瀬みなせ水無瀬みなせみなせにてにてにて十首じつしゆ十首じつしゆじっしゅののの歌うた歌うたうた奉たてまつ奉たてまつたてまつりしりしりし時とき時ときとき詞書
  2. 2武蔵野むさしの武蔵野むさしのむさしのややや初句
  3. 3行ゆ行ゆゆけどもけどもけども秋あき秋あきあきののの二句
  4. 4果はて果はてはてぞなきぞなきぞなき三句
  5. 5いかなるいかなるいかなる風かぜ風かぜかぜののの四句
  6. 6末すゑ末すゑすえににに吹ふ吹ふふくらむくらむくらむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕水無瀬で十首歌を献上した時の歌。

武蔵野よ、行っても行っても秋の果てがない。どんな風が、その果てに吹いているのだろうか。

意訳

広大な武蔵野は、どこまで行っても秋の景色が続き、果てが見えない。その果てでは、いったいどんな秋風が吹いているのだろう。

語釈・文法注

武蔵野
武蔵国の広大な原野。

和歌

作者
源通光(みなもとのみちてる) 1187–1248
内大臣源通親の子で、通具の弟。太政大臣に至った。後鳥羽院の歌壇で活躍し、千五百番歌合などに出詠した。
出典
『新古今和歌集』巻第四・秋歌上・378番
歌体
短歌
状況
詞書「水無瀬にて十首の歌奉りし時」(水無瀬で十首歌を献上した時の歌)。

修辞

三句切れ
三句切れ。

解説

通光の歌。底本は第四句を「いかなる風の」とするが、「いかなる風か」とする本もある。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、66頁(コマ43)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日