古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第四 秋歌上 364番

堪へてやは

藤原雅経(飛鳥井雅経)(ふじわらのまさつね)

こらえきれようか。もの思いがあっても、どうすればよいのだろう。葎の生い茂る家の、秋の夕暮れには。

作者
藤原雅經(藤原雅経(飛鳥井雅経))
  1. 1五十首ごじつしゆ五十首ごじつしゆごじっしゅののの歌うた歌うたうた奉たてまつ奉たてまつたてまつりしりしりし時とき時ときとき詞書
  2. 2堪た堪たたへてやはへてやはえてやは初句
  3. 3思おも思おもおもひありともひありともいありとも二句
  4. 4いかゞせむいかゞせむいかがせむ三句
  5. 5葎むぐら葎むぐらむぐらののの宿やど宿やどやどののの四句
  6. 6秋あき秋あきあきののの夕暮ゆふぐれ夕暮ゆふぐれゆうぐれ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕五十首歌を献上した時の歌。

こらえきれようか。もの思いがあっても、どうすればよいのだろう。葎の生い茂る家の、秋の夕暮れには。

意訳

葎が生い茂った荒れた家で迎える秋の夕暮れ。もの思いがあっても、どうにもならず、とてもこらえきれない。

語釈・文法注

堪へてやは
こらえきれようか。
葎
つる草の総称。荒れた家の象徴。

和歌

作者
藤原雅経(飛鳥井雅経)(ふじわらのまさつね) 1170–1221
藤原頼経の子。『新古今和歌集』の撰者の一人。蹴鞠の名手で、和歌と蹴鞠の家である飛鳥井家の祖となった。鎌倉に下って源実朝とも交わった。
出典
『新古今和歌集』巻第四・秋歌上・364番
歌体
短歌
状況
詞書「五十首の歌奉りし時」(五十首歌を献上した時の歌)。

修辞

体言止め
体言止め。

解説

雅経の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、64頁(コマ42)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日