新古今和歌集 巻第一 春歌上 49番
春ごとに
春が来るたびに、私が心を深く寄せている花の枝に、いったい誰が、いいかげんな気持ちで袖を触れたのでしょう。

現代語訳
〔詞書〕返歌。
春が来るたびに、私が心を深く寄せている花の枝に、いったい誰が、いいかげんな気持ちで袖を触れたのでしょう。
意訳
私は毎年この梅の花を心から大切にしているのに、そこにかりそめの気持ちで袖を触れたのは誰でしょう。あなたの「慰めにしている」ということばは、本心とは思えません、と軽く切り返している。
語釈・文法注
- 心をしむる
- 心を深く寄せる。「しむ」は「染む」。
- なほざり
- いいかげん、かりそめ。
- 觸れつる
- 「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形。
和歌
- 作者
- 大弐三位(藤原賢子)(だいにのさんみ) 999?–1082?
紫式部の娘。後冷泉天皇の乳母となり、夫高階成章が大宰大弐となったことから大弐三位と呼ばれた。藤原定頼らとの贈答歌が多い。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第一・春歌上・49番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「かへし」(返歌)。
解説
作者の大弐三位は紫式部の娘。定頼の甘いことばを、梅の枝に袖を触れたという表現に取りなして、たしなめるように返している。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、9頁(コマ14)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日