トップ人物事典源融人物事典 / ま行源融みなもとのとおる822–895別名・呼び名:河原左大臣人物について嵯峨天皇の皇子で、臣籍に降下して源氏の姓を賜った。左大臣に至る。京都の六条河原に、陸奥の塩竈の景色を模した壮大な庭をもつ邸宅「河原院」を造り、風流の限りを尽くした。光源氏のモデルの一人ともいわれる。古典ライブラリーで読める歌:『百人一首』1首『古今和歌集』2首この略歴は、掲載中の『百人一首』のページの作者欄に基づきます。伝承を含む場合は、その旨を本文に示しています。『百人一首』の源融1首百人一首・第14首陸奥の陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに みだれそめにし われならなくに原文・訳・解説を読む →『古今和歌集』の源融2首古今和歌集・724番陸奥の陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 亂れむと思ふ われならなくに原文・訳・解説を読む →古今和歌集・873番ぬしや誰ぬしや誰 とへどしら玉 いはなくに さらばなべてや 哀と思はむ原文・訳・解説を読む →← 人物事典の一覧に戻る