万葉集 巻第二十 4496〜4505番
怨めしく 君はもあるか
天平宝字2年2月、式部大輔中臣清麻呂の家で宴をした時の歌十首。梅が散り過ぎるまで見せてくれなかったと主人を恨む大原今城の歌、見に来たいと言えば断ろうか、来なかったのはあなただと答える主人の歌、今日の主人は磯松のようにいつまでもお元気でという家持の歌などを経て、八千種の花は散るが常盤の松の枝を結ぼうという家持の歌、磯に住む鴛鴦のように惜しいわが身もあなたの心のままにという今城の歌まで、主人と客が互いに長寿と親しみを詠み交わす。
題詞二月、式部大輔中臣清麻呂朝臣の宅にて宴せる歌十首
- 1怨怨うらめしくめしくめしく宇良賣之久4496 大原今城
- 2君君きみはははもももあるあるあるかかか伎美波母安流加
- 3宿宿やどののの梅梅うめののの夜度乃烏梅能
- 4散散ちりりり過過すぐるぐるぐるまでまでまで知利須具流麻埿
- 5見見みしめしめしめずずずありありありけるけるける美之米受安利家流
- 6見見みむむむととといはいはいわばばば美牟等伊波婆4497 中臣清麻呂
- 7否否いなととといはいはいわめめめややや伊奈等伊波米也
- 8梅梅うめののの花花はな宇梅乃波奈
- 9散散ちりりり過過すぐるぐるぐるまでまでまで知利須具流麻弖
- 10君君きみががが來來きまさまさまさぬぬぬ伎美我伎麻左奴
- 11愛愛はしきしきしきよしよしよし波之伎余之4498 家持
- 12今日今日きょうののの主人主人あろじははは家布能安路自波
- 13磯磯いそ松松まつののの伊蘇麻都能
- 14常常つねにににいまさいまさいまさねねね都禰爾伊麻佐禰
- 15今今いまももも見見みるるる如如ごと伊麻母美流其等
- 16我我わががが兄子兄子せこししし和我勢故之4499 中臣清麻呂
- 17斯斯かくくくしししきこさきこさきこさばばば可久志伎許散婆
- 18天地天地あめつちののの安米都知乃
- 19神神かみををを乞乞こひひい祈祈のみみみ可未乎許比能美
- 20長長ながくくくとととぞぞぞ思思おもふふう奈我久等曾於毛布
- 21梅梅うめののの花花はな宇梅能波奈4500 市原王
- 22香香かをををかぐはしかぐはしかぐわしみみみ香乎加具波之美
- 23遠遠とおけどもけどもけども等保家杼母
- 24心心こころももも萎萎しぬぬぬににに己許呂母之努爾
- 25君君きみをををしししぞぞぞ思思おもふふう伎美乎之曾於毛布
- 26八千種八千種やちくさののの夜知久佐能4501 家持
- 27花花はなはははうつろふうつろふうつろう波奈波宇都呂布
- 28常盤常盤ときわなるなるなる等伎波奈流
- 29松松まつののの小枝小枝さえだををを麻都能左要太乎
- 30吾吾われははは結結むすばばばななな和禮波牟須婆奈
- 31梅梅うめののの花花はな烏梅能波奈4502 甘南備伊香
- 32咲咲さききき散散ちるるる春春はるののの左伎知流波流能
- 33永永ながききき日日ひををを奈我伎比乎
- 34見見みれれれどもどもども飽飽あかかかぬぬぬ美禮杼母安可奴
- 35磯磯いそにににもももあるあるあるかもかもかも伊蘇爾母安流香母
- 36君君きみががが家家いえののの伎美我伊敝能4503 家持
- 37池池いけののの白浪白浪しらなみ伊氣乃之良奈美
- 38磯磯いそににに寄寄よせせせ伊蘇爾與世
- 39しばしばしばしばしばしば見見みともともとも之婆之婆美等母
- 40飽飽あかかかむむん君君きみかもかもかも安加無伎彌加毛
- 41愛愛うるわしししととと宇流波之等4504 中臣清麻呂
- 42我我あががが思思もふふう君君きみははは阿我毛布伎美波
- 43いやいやいや日日ひ日日けににに伊也比家爾
- 44來來きませませませ我我わががが兄子兄子せこ伎末勢和我世古
- 45絕絕たゆるゆるゆる日日ひ無無なしししににに多由流日奈之爾
- 46磯磯いそのののうらうらうらににに伊蘇能宇良爾4505 大原今城
- 47常常つね喚喚よびびび來來き棲棲すむむむ都禰欲比伎須牟
- 48鴛鴦鴛鴦おしどりののの乎之杼里能
- 49惜惜おしきしきしき我我あががが身身みははは乎之伎安我未波
- 50君君きみがががまにまにまにまにまにまに伎美我末仁麻爾
現代語訳
〔4496〕恨めしいことに、あなたはまあ、お家の梅が散り過ぎるまで、見せてくださらなかったことです。
〔4497〕見たいとおっしゃれば、いやと申しましょうか。梅の花が散り過ぎるまで、あなたがおいでにならなかったのです。
〔4498〕ああ慕わしい今日の主人は、磯の松のように、いつまでもお元気でいらしてください。今見ているように。
〔4499〕わが君がこのようにおっしゃるので、天地の神に祈り願って、長く生きようと思います。
〔4500〕梅の花の香がかぐわしいので、遠く離れていても、心もしおれるほどに、あなたのことを思っています。
〔4501〕さまざまの花は色あせ散ってゆく。いつも変わらない松の小枝を、私は結んで長寿を祈ろう。
〔4502〕梅の花が咲いては散る春の長い日を、見ても見飽きない磯であることだ。
〔4503〕あなたの家の池の白波が磯に寄せるように、しばしば見ても、見飽きることがあろうか、あなたを。
〔4504〕慕わしいと私が思うあなたは、いよいよ毎日おいでください、わが君よ。絶える日もなく。
〔4505〕磯の浦にいつも呼び合って来て住む鴛鴦のように、惜しいわが身ですが、あなたのお心のままに。
意訳
中臣清麻呂の家の宴で、梅の散り際に招かれた客たちと主人が、梅・磯松・池の白波・鴛鴦など庭の景物に寄せて、互いの長寿と変わらぬ親しみを詠み交わした歌群である。
語釈・文法注
文法・本文
- 君はもあるか
- あなたはまあ……であることよ。
- 見しめずありける
- 見せてくださらなかった。
- 否といはめや
- いやと言おうか、言いはしない。
- 愛しきよし
- 「はしきよし」。ああ慕わしい。
- 主人
- 「あろじ」。あるじ。
- いまさね
- いらっしゃってください。
- きこさば
- おっしゃるので。
- 乞ひ祈み
- 祈り願って。
- かぐはしみ
- かぐわしいので。
- 萎ぬに
- 「しぬに」。しおれるほどに。
- 常盤なる
- 永久に変わらない。
- 結ばな
- 結ぼう。松の枝を結んで長寿や無事を祈る。
- 日日に
- 「ひけに」。毎日。
- 鴛鴦
- 「をしどり」。「惜しき」を導く。
- 君がまにまに
- あなたの心のままに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4496〜4505番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平宝字2年2月、式部大輔中臣清麻呂の家での宴の歌。
修辞
- 贈答
- 客と主人が詠み交わす。
- 序詞
- 4503番の「君が家の池の白浪磯に寄せ」が「しばしば」を、4505番の「磯のうらに常喚び來棲む鴛鴦の」が同音で「惜しき」を導く。
- 比喩
- 4498番で主人の長寿を磯松にたとえる。
解説
中臣清麻呂はのちに大中臣の姓を賜り、右大臣となった。家持とは長く親交があった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、751頁(コマ168)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、887頁(コマ207)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日