万葉集 巻第二十 4426〜4432番
天地の 神に幣置き
昔の防人の歌八首のうち七首(4425番は別のページ)。天地の神に幣を供えて身を慎んで祈りながら待っています、ご無事でいてください、私を思ってくれるならという歌、家の妻は私を偲んでいるらしい、しっかり結んでくれた紐が解けるのを思うとという歌、夫を筑紫へ送り出していとしくて帯も解かずに寝るのだろうかという歌、厩の縄を切って駆ける駒のように後に残ろうかと妻が言ったのを置いて来て悲しいという歌、荒々しい男が矢を手挟んで向かい立つように騒がしい中を静めて出て来たという歌、笹の葉のさやぐ霜夜に七重に着る衣にもまさる妻の肌よという歌、拒むことのできない命令なので、いとしい妻の手枕を離れて悲しいという歌。
題詞(昔年の防人の歌)
- 1天地天地あめつしののの阿米都之乃4426
- 2神神かみににに幣幣ぬさ置置おききき可未爾奴佐於伎
- 3齋齋いわひひいつつつつつつ伊波比都都
- 4いませいませいませ我我わががが夫夫せな伊麻世和我世奈
- 5我我あれをををししし思思もははわばばば阿禮乎之毛波婆
- 6家家いわののの妹妹いもろろろ伊波乃伊毛呂4427
- 7吾吾わをををしのぶしのぶしのぶらしらしらし和乎之乃布良之
- 8眞眞ま結結ゆすひひいににに麻由須比爾
- 9結結ゆすひひいししし紐紐ひもののの由須比之比毛乃
- 10解解とくらくくらくくらく思思もへへえばばば登久良久毛倍婆
- 11我我わががが夫夫せなををを和我世奈乎4428
- 12筑紫筑紫つくしははは遣遣やりりりててて都久志波夜利弖
- 13愛愛うつくしみしみしみ宇都久之美
- 14帶帶えいははは解解とかかかなななななな叡比波登加奈奈
- 15あやあやあやにににかもかもかも寢寢ねむむむ阿夜爾可毛禰牟
- 16厩厩うまやなるなるなる宇麻夜奈流4429
- 17繩繩なわ絶絶たつつつ駒駒こまののの奈波多都古麻乃
- 18後後おくるるるがへがへがえ於久流我弁
- 19妹妹いもががが言言いひひいしししををを伊毛我伊比之乎
- 20置置おきききててて悲悲かなしししももも於伎弖可奈之毛
- 21荒男荒男あらしおののの阿良之乎乃4430
- 22いいい小小お箭箭さ手手た挾挾ばさみみみ伊乎佐太波佐美
- 23向向むかひひい立立たちちち牟可比多知
- 24かなるかなるかなる間間ま鎭鎭しずみみみ可奈流麻之都美
- 25出出いでででてててととと我我あががが來來くるるる伊埿弖登阿我久流
- 26小竹小竹ささががが葉葉はののの佐左賀波乃4431
- 27さやぐさやぐさやぐ霜霜しも夜夜よににに佐也久志毛用爾
- 28七七なな重重え著著かるるる奈奈弁加流
- 29衣衣ころもににに益益ませせせるるる去呂毛爾麻世流
- 30子子ころろろががが膚膚はだはははももも古侶賀波太波毛
- 31障障さへへえ敢敢なへへえぬぬぬ佐弁奈弁奴4432
- 32命命みことにににあれあれあればばば美許登爾阿禮婆
- 33愛愛かなししし妹妹いもががが可奈之伊毛我
- 34手手た枕枕まくら離離はなれれれ多麻久良波奈禮
- 35あやあやあやににに悲悲かなしししももも阿夜爾可奈之毛
現代語訳
〔4426〕天地の神に幣を供えて、身を慎んで祈りながら待っています。ご無事でいてください、わが夫よ。私のことを思ってくださるならば。
〔4427〕家の妻は私を偲んでいるらしい。しっかりと結んでくれた紐が解けるのを思うと。
〔4428〕わが夫を筑紫へ送り出して、いとしくて、帯も解かないで、ひどく寂しく寝ることだろうか。
〔4429〕厩にいる縄を切った駒のように、後に残ろうか、と妻が言ったのを、置いて来て悲しいことだ。
〔4430〕荒々しい男が矢を手挟んで向かい立つように、騒がしい間を静めて、出て来たのだ、私は。
〔4431〕笹の葉のさやぐ霜の夜に、七重に着る衣にもまさる、妻の肌の温もりよ。
〔4432〕拒むことのできないご命令なので、いとしい妻の手枕を離れて来て、たまらなく悲しいことだ。
意訳
兵部省の役人が書き写して家持に贈った、以前の防人の歌である。妻が身を慎んで夫の無事を祈る歌、紐が解けて妻の思いを知る歌、霜夜に妻の温もりを恋う歌など、夫婦の別れの悲しみが率直に詠まれている。
語釈・文法注
文法・本文
- 天地
- 「あめつし」。「あめつち」の東国語形。
- 家の妹ろ
- 「いはのいもろ」。家の妻。東国語形。
- 眞結ひ
- 「まゆすひ」。しっかりと結ぶこと。「むすひ」の東国語形。
- 解くらく
- 解けること。
- 帶
- 「えひ」。「おび」の東国語形。
- 後るがへ
- 「おくるがへ」。後に残ろうか、の意か。
- 小箭
- 「をさ」。矢。
- かなる間
- 騒がしい間。
- 鎭み
- 「しづみ」。静めて。
- 霜夜
- 「しもよ」。東国語形「しもゆ」とも。
- 著る
- 「かる」。「きる」の東国語形。
- 障へ敢へぬ
- 「さへなへぬ」。拒むことのできない。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4426〜4432番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 昔年の防人の歌。主典刑部少録磐余諸君が書き写して、兵部少輔大伴家持に贈った。
修辞
- 東国方言
- 「あめつし」「いは」「ゆすひ」「えひ」「かる」など、東国の言葉を交える。
- 序詞
- 4429番の「厩なる繩絶つ駒の」が「後るがへ」を導く。
解説
作者や国名は伝わらない。家持は、天平勝宝7年の防人歌とは別に、これら以前の防人の歌も記録した。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、738頁(コマ162)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、871頁(コマ199)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日