万葉集 巻第二十 4337〜4346番
水鳥の 發ちの急ぎに
天平勝宝7年2月、駿河国の防人たちの歌十首。出発の慌ただしさに父母にものも言わずに来てしまい今になって悔しいという歌、離れ磯のような母と別れて行くのが悲しいという歌、国を巡るあとり鳥のように巡って帰るまで身を慎んで待っていてくれという歌、筑紫の白玉を取って来るまで父母よ身を慎んで待っていてくれという歌、父を置いて行く長い道は行きがたいという歌、殿のように面変わりせず達者でいてくれ母上という歌、家で子を抱えてやせているだろう妻がいとしいという歌、忘れようと野山を越えて来たが父母は忘れられないという歌、妻と二人で見た駿河の嶺が恋しいという歌、父母が頭を撫でて無事でと言った言葉が忘れられないという歌。
題詞(駿河國の防人の歌)
- 1水水みず鳥鳥どりののの美豆等利乃4337 有度部牛麻呂
- 2發發たちちちののの急急いそぎぎぎににに多知能已蘇岐爾
- 3父母父母ちちははににに父母爾
- 4物物もの言言はずずず來來けにににててて毛能波須價爾弖
- 5今今いまぞぞぞ悔悔くやしきしきしき已麻叙久夜志伎
- 6疊疊たたみ薦薦けめ多多美氣米4338 生部道麻呂
- 7牟良自牟良自むらじががが磯磯いそののの牟良自加已蘇乃
- 8離離はなり磯磯そののの波奈利蘇乃
- 9母母ははををを離離はなれれれててて波波乎波奈例弖
- 10行行ゆくくくががが悲悲かなしさしさしさ由久我加奈之佐
- 11國國くに巡巡めぐるるる久爾米具留4339 刑部虫麻呂
- 12獦子鳥獦子鳥あとり感感かまけけけりりり阿等利加麻氣利
- 13行行ゆききき廻廻めぐりりり由伎米具利
- 14歸歸かいりりり來來くまでまでまでににに可比利久麻弖爾
- 15齋齋いわひひいててて待待またたたねねね已波比弖麻多禰
- 16父母父母ちちははえええ知知波波江4340 川原虫麻呂
- 17齋齋いわひひいててて待待またたたねねね已波比弖麻多禰
- 18筑紫筑紫つくしなるなるなる豆久志奈流
- 19水水みず漬漬づくくく白白しら玉玉たま美豆久白玉
- 20取取とりりりててて來來くまでまでまでににに等里弖久麻弖爾
- 21橘橘たちばなののの多知波奈能4341 丈部足麻呂
- 22美衣利美衣利みえりののの里里さとににに美衣利乃佐刀爾
- 23父父ちちををを置置おきききててて父乎於伎弖
- 24道道みちののの長長なが道道じははは道乃長道波
- 25行行ゆききき難難かてぬぬぬかもかもかも由伎加弖努加毛
- 26眞眞ま木木け柱柱ばしら麻氣波之良4342 坂田部首麻呂
- 27讃讃ほめめめててて造造つくれれれるるる寶米弖豆久禮留
- 28殿殿とのののの如如ごと等乃能其等
- 29いませいませいませ母母はは刀自刀自とじ已麻勢波波刀自
- 30面面おめ變變がわりりりせせせずずず於米加波利勢受
- 31吾等吾等わろ旅旅たびははは和呂多比波4343 玉作部広目
- 32旅旅たびととと思思おめほほほどどど多比等於米保等
- 33家家いいにににしししててて已比爾志弖
- 34子子こ持持めちちち瘦瘦やすすすらむらむらん古米知夜須良牟
- 35我我わががが妻妻みかなしかなしかなしももも和加美可奈志母
- 36忘忘わすらららむむんととと和須良牟砥4344 商長首麻呂
- 37野野ぬ行行ゆききき山山やま行行ゆききき努由伎夜麻由伎
- 38我我われ來來くれれれどどど和例久禮等
- 39我我わががが父母父母ちちははははは和我知知波波波
- 40忘忘わすれれれせせせぬぬぬかもかもかも和須例勢努加毛
- 41吾妹子吾妹子わぎめこととと和伎米故等4345 春日部麻呂
- 42二人二人ふたり我我わががが見見みししし不多利和我見之
- 43うちうちうち寄寄えするするする宇知江須流
- 44駿河駿河するがののの嶺嶺ねらららははは須流河乃禰良波
- 45戀戀くうしししくめくめくめあるあるあるかかか苦不志久米阿流可
- 46父母父母ちちははががが知知波波我4346 丈部稲麻呂
- 47頭頭かしらかきかきかき撫撫なででで可之良加伎奈弖
- 48幸幸さくくく在在あれれれててて佐久安禮天
- 49いひいひいいししし言葉言葉けとばぞぞぞ伊比之古度婆曾
- 50忘忘わすれれれかねかねかねつるつるつる和須禮加禰津流
現代語訳
〔4337〕(水鳥の)出発の慌ただしさに、父母にものも言わずに来てしまって、今になって悔しいことだ。
〔4338〕(疊薦)牟良自の磯の離れ磯のように、母を離れて行くのが悲しい。
〔4339〕国々を巡るあとり鳥のように、行き巡って帰って来るまで、身を慎んで待っていてください。
〔4340〕父母よ、身を慎んで待っていてください。筑紫にある水に浸った白玉を取って来るまで。
〔4341〕(橘の)美衣利の里に父を残して、長い道のりは行きがたいことだ。
〔4342〕真木柱をほめたたえて造った御殿のように、達者でいてください母上。面変わりもせずに。
〔4343〕私の旅は旅と思うけれど、家で子を抱えてやせているだろう妻がいとしい。
〔4344〕忘れようと野を行き山を行き私は来たけれど、私の父母は忘れられないことだ。
〔4345〕妻と二人で私が見た、(うち寄する)駿河の嶺々は恋しいことだなあ。
〔4346〕父母が頭を撫でて、無事でいよと言った言葉が忘れられない。
意訳
駿河国の防人たちの歌で、父母との別れを詠んだものが多い。慌ただしい出発で父母にものも言えなかった悔い、頭を撫でて無事を祈ってくれた父母の言葉、子を抱えて残された妻への思いなどを、東国の言葉で素朴に詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 物言ず來にて
- 「ものはずけにて」。ものも言わずに来てしまって。東国語形。
- 疊薦
- 「たたみけめ」。「たたみこも」の東国語形。枕詞。
- 離磯
- 「はなりそ」。離れ磯。
- 獦子鳥
- 「あとり」。小鳥の名。
- 感けり
- 「かまけり」。心ひかれている、の意か。
- 歸り
- 「かひり」。「かへり」の東国語形。
- 父母え
- 父母よ。
- 美衣利
- 駿河の地名。
- 眞木柱
- 「まけばしら」。「まきばしら」の東国語形。
- 母刀自
- 「ははとじ」。母上。
- 面變り
- 「おめがはり」。「おもがはり」の東国語形。
- 吾等
- 「わろ」。私。
- 家
- 「いひ」。「いへ」の東国語形。
- 妻
- 「み」。妻の意か。
- 戀しくめあるか
- 恋しいことだなあ。
- 言葉
- 「けとば」。「ことば」の東国語形。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4337〜4346番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝7年2月、駿河国の防人たちが詠み、防人部領使が進上した歌。
修辞
- 東国方言
- 「け」「かひり」「おめ」「いひ」「けとば」など、東国の言葉を多く交える。
解説
4346番の「父母が頭かき撫で幸く在れて」は、防人歌の中でもとりわけ知られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、724頁(コマ155)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、852頁(コマ190)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日