古典ライブラリー

万葉集 巻第十九 4269〜4272番

外のみに 見てはありしを

作者未詳

天平勝宝4年11月8日、聖武太上天皇が左大臣橘諸兄の邸で宴を催した時の歌四首。外から見ているばかりだったが、今日見ると毎年忘れずに思い出されるだろうという太上天皇の御歌、葎の這う賤しい家も大君がおいでになると知っていたら玉を敷いておいたのにという諸兄の歌、松陰の清い浜辺に玉を敷けば君はおいでになるだろうかという藤原八束の歌、天地に満ちて照り輝くわが大君がお治めになるからか楽しいこの里よという大伴家持の歌(奏上しなかった)。

左大臣の邸に招かれた太上天皇の宴

題詞十一月八日、左大臣橘朝臣の宅に在して、肆宴きこしめす歌四首

  1. 1外よそ外よそよそのみのみのみににに余曾能未爾4269 聖武太上天皇
  2. 2見み見みみてててはははありありありしししををを見者有之乎
  3. 3今日けふ今日けふきょう見み見みみれれればばば今日見者
  4. 4年とし年としとしににに忘わす忘わすわすれれれずずず年爾不忘
  5. 5念おも念おもおもほほおえええむむんかもかもかも所念可母
  6. 6葎むぐら葎むぐらむぐらはふはふはう牟具良波布4270 橘諸兄
  7. 7賤いや賤いやいやしきしきしき屋戸やど屋戸やどやどももも伊也之伎屋戸母
  8. 8大皇おほきみ大皇おほきみおおきみののの大皇之
  9. 9坐ま坐ままさささむむんととと知し知ししらららばばば座牟等知者
  10. 10玉たま玉たまたま敷し敷ししかかかましましましををを玉之可麻思乎
  11. 11松まつ松まつまつかげかげかげののの松影乃4271 藤原八束
  12. 12淸きよ淸きよきよききき濱はま濱はまはま邊べ邊べべににに清濱邊爾
  13. 13玉たま玉たまたま敷し敷ししかかかばばば玉敷者
  14. 14君きみ君きみきみ來き來ききまさまさまさむむんかかか君伎麻佐牟可
  15. 15淸きよ淸きよきよききき濱はま濱はまはま邊べ邊べべににに清濱邊爾
  16. 16天地あめつち天地あめつちあめつちににに天地爾4272 家持
  17. 17足た足たたらはしらはしらわし照て照ててりりりててて足之照而
  18. 18吾わ吾わわががが大皇おほきみ大皇おほきみおおきみ吾大皇
  19. 19敷し敷ししききき坐ま坐まませせせばばばかもかもかも之伎座婆可母
  20. 20樂たぬ樂たぬたぬしきしきしき小を小をお里ざと里ざとざと樂伎小里

引用の仕方

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現代語訳

〔4269〕外から見ているばかりだったが、今日見ると、毎年忘れずに思い出されることだろう。

〔4270〕葎の這う賤しい家も、大君がおいでになると知っていたならば、玉を敷いておけばよかったのに。

〔4271〕松陰の清らかな浜辺に玉を敷いたならば、君はおいでになるだろうか。清らかな浜辺に。

〔4272〕天地に満ちて照り輝き、わが大君がお治めになっているからか、なんと楽しいこの里であることよ。

意訳

聖武太上天皇が橘諸兄邸を訪れた宴での歌である。太上天皇は邸の美しさを忘れまいと讃え、諸兄は前もって知っていれば玉を敷いて迎えたのにと謙遜し、八束はこの浜辺にも玉を敷けばお越しになるだろうかと願う。家持も歌を用意したが奏上しなかった。

語釈・文法注

文法・本文

外のみに
外から見るだけで。
葎はふ
「むぐらはふ」。雑草の這う。
足らはし照りて
満ちて照り輝いて。
小里
「をざと」。里。

和歌

作者
作者未詳
出典
『万葉集』巻第十九・部立なし・4269〜4272番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平勝宝4年11月8日、聖武太上天皇が左大臣橘諸兄の邸で宴を催したときの歌。

修辞

謙遜
4270番で、自分の邸を賤しい家と謙遜する。

解説

橘諸兄が元正太上天皇を迎えた時の歌(4056番)にも「玉敷かましを」の表現がある。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、703頁(コマ144)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、830頁(コマ179)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日