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万葉集 巻第十九 4268番

この里は 繼ぎて霜や置く

孝謙天皇(こうけんてんのう)

天平勝宝4年、孝謙天皇と光明皇太后が大納言藤原仲麻呂の家に行幸した日、紅葉した沢蘭を一株抜き取らせて、仲麻呂と従った大夫たちに賜った孝謙天皇の御歌。この里は続けて霜が置くのか、夏の野で私が見た草は紅葉していたことだという歌。

紅葉した沢蘭の一株

題詞天皇、太后、共に大納言藤原家に幸しし日、黃葉せる澤蘭一株を拔き取りて、內侍佐佐貴山君に持たしめ、大納言藤原卿并に陪從の大夫等に遣賜へる御歌一首(命婦誦へて曰く)

  1. 1このこのこの里さと里さとさとははは此里者
  2. 2繼つ繼つつぎぎぎててて霜しも霜しもしもややや置お置おおくくく繼而霜哉置
  3. 3夏なつ夏なつなつののの野の野ののににに夏野爾
  4. 4吾わ吾わわががが見み見みみししし草くさ草くさくさははは吾見之草波
  5. 5もみぢもみぢもみじたりたりたりけりけりけり毛美知多里家利

引用の仕方

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現代語訳

この里には、いつも霜が置くのだろうか。夏の野で私が見た草は、もう紅葉していることだ。

意訳

夏に見た沢蘭がもう紅葉しているのを見て、この里には霜が早く降りるのかと興じ、仲麻呂の邸の庭をたたえた御歌である。

語釈・文法注

文法・本文

澤蘭
「さはあららぎ」。キク科の草。
繼ぎて
続けて、いつも。

和歌

作者
孝謙天皇(718–770)
聖武天皇と光明皇后の娘。第四十六代の天皇。のち重祚して称徳天皇となった。巻十九に、遣唐使に賜った歌などを残す。
出典
『万葉集』巻第十九・部立なし・4268番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平勝宝4年、孝謙天皇が大納言藤原仲麻呂の家に行幸した日の御歌。

修辞

推量
「繼ぎて霜や置く」と問いかける。

解説

仲麻呂は光明皇太后の甥で、このころ権勢を強めていた。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、703頁(コマ144)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、828頁(コマ178)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日