万葉集 巻第十八 4046〜4051番
神さぶる 垂姫の埼
天平20年3月25日、布勢の水海に着いて遊覧したとき、それぞれが思いを述べた歌六首。垂姫の崎を漕ぎめぐって見ても飽きないという田辺福麻呂の歌、今日は楽しく遊んで語り草にしようという遊行女婦土師の歌、垂姫の浦を漕ぐ間にも奈良の家を忘れるものかという家持の歌、乎布の浦の荒磯は見飽きないという福麻呂の歌、君が来たら鳴けと言ったほととぎすがなぜ来ないかという久米広縄の歌、多胡の崎でほととぎすが鳴けばこれほど恋しくはないという家持の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞水海に至りて遊覽せる時、各懷を述べて作れる歌
- 1神神かむさぶるさぶるさぶる可牟佐夫流4046 福麻呂
- 2垂姫垂姫たるひめののの埼埼さき多流比女能佐吉
- 3漕漕こぎぎぎめぐりめぐりめぐり許支米具利
- 4見見みれれれどもどもども飽飽あかかかずずず見禮登裳安可受
- 5如何如何いかににに我我われせせせむむん伊加爾和禮世牟
- 6垂姫垂姫たるひめののの多流比賣野4047 土師
- 7浦浦うらををを漕漕こぎぎぎつつつつつつ宇良乎許藝都追
- 8今日今日きょうののの日日ひははは介敷乃日波
- 9樂樂たぬしくしくしく遊遊あそべべべ多奴之久安曾敝
- 10言繼言繼いいつぎにににせせせむむん移比都夏爾勢牟
- 11垂姫垂姫たるひめののの多流比女能4048 家持
- 12浦浦うらををを漕漕こぐぐぐ船船ふな宇良乎許具夫禰
- 13楫楫かじ間間まにににももも可治末爾母
- 14奈良奈良ならののの我家我家わぎえををを奈良野和藝敝乎
- 15忘忘わすれれれててて思思おもへへえややや和須禮氏於毛倍也
- 16凡凡おおろかにににぞぞぞ於呂可爾曾4049 福麻呂
- 17我我われははは思思おもひひいししし和禮波於母比之
- 18乎不乎不おうののの浦浦うらののの乎不乃宇良能
- 19荒荒あり磯磯そののの周周めぐり安利蘇野米具利
- 20見見みれれれどどど飽飽あかかかずずずけりけりけり見禮度安可須介利
- 21めづらしきめづらしきめずらしき米豆良之伎4050 広縄
- 22君君きみががが來來きまままさささばばば吉美我伎麻佐波
- 23鳴鳴なけけけととと言言いひひいししし奈家等伊比之
- 24山山やまほととぎすほととぎすほととぎす夜麻保登等藝須
- 25何何なにかかか來來き鳴鳴なかかかぬぬぬ奈爾加伎奈可奴
- 26多胡多胡たこののの埼埼さき多胡乃佐伎4051 家持
- 27木木こののの暗茂暗茂くれしげににに許能久禮之氣爾
- 28ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須
- 29來來き鳴鳴なききき響響とよめめめばばば伎奈伎等余米婆
- 30はたはたはた戀戀こひひいめめめやもやもやも波太古非米夜母
現代語訳
〔4046〕神々しい垂姫の崎を漕ぎめぐって見るけれども飽きない。どうしたらよいだろう、私は。
〔4047〕垂姫の浦を漕ぎながら、今日の日は楽しく遊びなさい。語り草にしましょう。
〔4048〕垂姫の浦を漕ぐ船の、楫を操る間にも、奈良のわが家を忘れて思うことがあろうか。
〔4049〕いいかげんに私は思っていた。乎布の浦の荒磯のあたりは、見ても飽きないことだった。
〔4050〕珍しいあなたがおいでになったら鳴けと言っておいた山ほととぎすは、どうして来て鳴かないのか。
〔4051〕多胡の崎の木陰の茂みで、ほととぎすが来て鳴き響かせたならば、これほど恋しく思うだろうか。
意訳
布勢の水海での遊覧の歌である。福麻呂は垂姫の崎や乎布の浦の景色に飽きることがないと讃え、遊行女婦の土師は今日を楽しく遊んで語り草にしようと座を盛り上げる。家持は遊びの中にも奈良の家を思い、久米広縄と家持は、客人を迎えて鳴くはずのほととぎすがまだ来ないことを惜しむ。
語釈・文法注
文法・本文
- 神さぶる
- 神々しい。
- 垂姫の埼
- 「たるひめのさき」。布勢の水海の岬。
- 言繼
- 「いひつぎ」。語り草。
- 楫間
- 「かぢま」。楫を操る合間。
- 忘れて思へや
- 忘れることがあろうか。
- 凡に
- 「おほろかに」。いいかげんに。
- めづらしき君
- 珍しく迎える客人。福麻呂を指す。
- 木の暗茂
- 「このくれしげ」。木陰の茂み。
- はた戀ひめやも
- これほど恋しく思うだろうか、思いはしない。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十八・部立なし・4046〜4051番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平20年3月25日、布勢の水海を遊覧したときの歌。
修辞
- 反語
- 4048番の「忘れて思へや」、4051番の「はた戀ひめやも」。
解説
遊行女婦(うかれめ)の土師は、宴席に侍って歌を詠む女性。越中では家持の宴にたびたび加わっている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、646頁(コマ116)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、761頁(コマ144)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日