万葉集 巻第十七 3951〜3955番
ひぐらしの 鳴きぬる時は
天平18年8月7日の夜の家持の館での宴の歌の続き五首。ひぐらしの鳴く時は女郎花の咲く野辺を行きながら見るがよいという秦八千島の歌、妹の家に行く伊久理の森の藤の花を来る春もいつもこうして見ようという僧玄勝が伝え誦んだ古歌、雁は使いに来ようと騒いでいるだろう秋風の寒いその川辺にという家持の歌、馬を並べてさあ行こう渋谿の清い磯に寄せる波を見にという家持の歌、夜は更けたらしい二上山に月が傾いたという土師道良の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(八月七日の夜、守大伴宿禰家持の館に集ひて宴する歌)
- 1ひぐらしひぐらしひぐらしののの日晩之乃3951 八千島
- 2鳴鳴なきききぬるぬるぬる時時ときははは奈吉奴流登吉波
- 3をみなへしをみなへしおみなえし乎美奈弊之
- 4咲咲さきききたるたるたる野野の邊邊べををを佐伎多流野邊乎
- 5行行ゆきききつつつつつつ見見みべしべしべし遊吉追都見倍之
- 6妹妹いもががが家家いえににに伊毛我伊弊爾3952 古歌
- 7伊久理伊久理いくりののの森森もりののの伊久理能母里乃
- 8藤藤ふじののの花花はな藤花
- 9今今いま來來こむむむ春春はるももも伊麻許牟春毛
- 10常常つね斯斯かくくくししし見見みむむむ都禰加久之見牟
- 11雁雁かりがががねねねははは鴈我禰波3953 家持
- 12使使つかいににに來來こむむむととと都可比爾許牟等
- 13騷騷さわぐぐぐらむらむらん佐和久良武
- 14秋秋あき風風かぜ寒寒さむみみみ秋風左無美
- 15そそそののの河河かわののの邊邊へににに曾乃可波能倍爾
- 16馬馬うま竝竝なめめめててて馬並底3954 家持
- 17いざいざいざうちうちうち行行ゆかかかななな伊射宇知由可奈
- 18澁谿澁谿しぶたにののの思夫多爾能
- 19淸淸きよききき磯磯いそ廻廻みににに伎欲吉伊蘇未爾
- 20寄寄よするするする波波なみ見見みににに與須流奈彌見爾
- 21ぬばたまぬばたまぬばたまののの奴婆多麻乃3955 道良
- 22夜夜よはははふけふけふけぬぬぬらしらしらし欲波布氣奴良之
- 23玉玉たまくしげくしげくしげ多末久之氣
- 24二上二上ふたがみ山山やまににに敷多我美夜麻爾
- 25月月つきかたぶきかたぶきかたぶきぬぬぬ月加多夫伎奴
現代語訳
〔3951〕ひぐらしの鳴いた時には、女郎花の咲いている野辺を、行きながら見るがよい。
〔3952〕妹の家に行くという伊久理の森の藤の花を、今度来る春も、いつもこのように見よう。
〔3953〕雁は使いとして来ようと騒いでいるだろう。秋風が寒いので、その川のほとりで。
〔3954〕馬を並べて、さあ出かけよう。渋谿の清らかな磯のあたりに寄せる波を見に。
〔3955〕(ぬばたまの)夜は更けたらしい。(玉くしげ)二上山に、月が傾いた。
意訳
家持の館での秋の宴の後半の歌である。秦八千島は女郎花の野辺を見に行こうと誘い、僧玄勝は大原高安の古歌を伝え誦む。家持は雁の来る季節を思い、渋谿の磯に波を見に行こうと誘い、土師道良は二上山に月が傾いて夜が更けたと詠んで、宴を結ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 見べし
- 見るがよい。
- 伊久理の森
- 「いくりのもり」。所在未詳。「行く」を掛ける。
- 使に來む
- 便りを運ぶ使いとして来よう。雁の使いの故事による。
- 澁谿
- 「しぶたに」。越中の海岸。今の高岡市雨晴海岸。
- 玉くしげ
- 「二上山」の「ふた(蓋)」にかかる枕詞。
- 二上山
- 越中の二上山。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・3951〜3955番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平18年8月7日の夜、越中守大伴家持の館での宴の歌。
修辞
- 枕詞
- 「ぬばたまの」「玉くしげ」。
解説
渋谿・二上山は越中国府の近くの名所で、家持がたびたび詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、617頁(コマ101)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、722頁(コマ125)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日