万葉集 巻第十六 3804〜3805番
斯くのみに ありけるものを
新婚まもなく駅使として遠方に遣わされ、年月を経て帰った夫が、悲しみに病みやせ衰えた妻を見て詠んだ歌と、床に臥したまま夫の歌を聞いて頭をもたげて答えた妻の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞昔壯士あり。新たに婚禮を成して未だ幾時も經ず、忽に驛使となりて遠き境に遣さる。……娘子の姿容疲羸甚異にして、言語哽咽す。時に壯士哀嘆涙を流して歌を裁りて口號む。其歌一首
現代語訳
〔3804〕こんなことになるだけであったのに、猪名川の沖のように、深く心に思っていたことだ。
〔3805〕(ぬばたまの)黒髪を濡らして、沫雪の降る中をいらしたのですか。私がこんなにも恋い慕っていたので。
意訳
新婚まもなく駅使として遠方に遣わされた夫が、年月を経て帰ると、妻は悲しみのために病み衰えていた。夫は、こうなるとも知らずに深く思っていたことよと嘆き、妻は床から頭を上げて、雪の降る中を帰って来てくださったのは私がこれほど恋い慕っていたからかと答える。
語釈・文法注
文法・本文
- 斯くのみに
- このようになるだけであったのに。
- 猪名川
- 摂津の猪名川。「奧を深め」を導く。
- 奧を深めて
- 心の奥深く。
- 幾許
- 「ここだ」。こんなにも。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十六・雑歌・3804〜3805番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 駅使として遠方に遣わされて帰った夫と、病み衰えた妻の歌。
修辞
- 序詞
- 3804番の「猪名川の」が「奧を深め」を導く。
解説
左注は、夫が帰ったのが雪の降る冬であったため、妻が沫雪を詠んだのかと推測する。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、585頁(コマ85)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、687頁(コマ107)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日