万葉集 巻第十六 3794〜3802番
愛しきやし 老夫の歌に
竹取翁の歌に九人の娘子が答えた歌九首。翁の歌に心を動かされ、恥を忍んで、否も応もなく、生死を共にと誓った友とともに、私も翁に従いましょうと、九人が次々に詠む。
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題詞娘子等の和ふる歌九首
- 1愛愛はしきしきしきやしやしやし端寸八爲3794
- 2老夫老夫おきなののの歌歌うたににに老夫之歌丹
- 3欝悒欝悒おおおしきしきしき大欲寸
- 4九九ここのののの兒兒こ等等らややや九兒等哉
- 5感感かまけけけててて居居おらららむむん蚊間毛而將居
- 6辱辱はじををを忍忍しぬびびび辱尾忍3795
- 7辱辱はじををを默默もだしししててて辱尾默
- 8事事ことももも無無なくくく無事
- 9ものものもの言言いははわぬぬぬ先先さきににに物不言先丹
- 10我我われははは依依よりりりなむなむなん我者將依
- 11否否いなももも諾諾うももも否藻諾藻3796
- 12欲欲ほりするするするまにままにままにま隨欲
- 13赦赦ゆるすすすべきべきべき可赦
- 14貌貌かたちははは見見みゆゆゆややや貌所見哉
- 15我我われももも依依よりりりなむなむなん我藻將依
- 16死死しにももも生生いきももも死藻生藻3797
- 17同同おなじじじ心心こころととと同心跡
- 18結結むすびびびてててししし結而爲
- 19友友ともややや違違たがははわむむん友八違
- 20我我われももも依依よりりりなむなむなん我藻將依
- 21何何なに爲爲せむむむととと何爲迹3798
- 22違違たがひひいははは居居おらららむむん違將居
- 23否否いなももも諾諾うももも否藻諾藻
- 24友友ともののの並並並並なみなみ友之波波
- 25我我われももも依依よりりりなむなむなん我裳將依
- 26豈豈あにもももあらあらあらぬぬぬ豈藻不在3799
- 27自自おのががが身身みののの故故から自身之柄
- 28他他ひとののの子子こののの人子之
- 29言言ことももも盡盡つくさささじじじ事藻不盡
- 30我我われももも依依よりりりなむなむなん我藻將依
- 31はたはたはた薄薄すすき者田爲爲寸3800
- 32穗穗ほにににはははななな出出いでででととと穗庭莫出
- 33思思おもひひいたるたるたる思而有
- 34情情こころははは知知しらゆらゆらゆ情者所知
- 35我我われももも依依よりりりなむなむなん我藻將依
- 36住吉住吉すみのえののの墨之江之3801
- 37岸岸きし野野ぬののの榛榛はりににに岸野之榛丹
- 38染染におふれふれうれどどど丹穗所經迹
- 39染染におははわぬぬぬ我我われややや丹穗葉寐我八
- 40にほひにほひにおいててて居居おらららむむん丹穗氷而將居
- 41春春はるののの野野のののの春之野乃3802
- 42下下した草草くさ靡靡なびききき下草靡
- 43我我われももも依依よりりり我藻依
- 44にほひにほひにおい依依よりりりなむなむなん丹穗氷因將
- 45友友とものののまにまにまにまにまにまに友之隨意
現代語訳
〔3794〕ああいとしい、翁の歌に、心晴れずにいる九人の娘たちは、心を動かされていることだろう。
〔3795〕恥を忍び、恥を黙ってこらえて、何事もなく、ものを言わないうちに、私は翁に従いましょう。
〔3796〕否も応も望むままに、許してくださる顔つきが見えるでしょうか。私も従いましょう。
〔3797〕死ぬも生きるも同じ心でと結んだ友に、違うことがあろうか。私も従いましょう。
〔3798〕どうして皆と違っていましょう。否も応も、友と同じように、私も従いましょう。
〔3799〕とんでもない自分のことで、ほかの子の言葉を尽くさせはしません。私も従いましょう。
〔3800〕(はた薄)穂に出すまいと思っていた気持ちはわかっていただけるでしょう。私も従いましょう。
〔3801〕住吉の岸野の榛で染めようとしても染まらない私だけれど、翁の色に染まっていましょうか。
〔3802〕春の野の下草がなびくように、私も従い、心を寄せましょう。友と一緒に。
意訳
竹取翁の歌を聞いた九人の娘子が、それぞれ翁に従おうと答えた歌である。心を動かされたこと、恥を忍んで従うこと、友と生死を共にする誓いのとおり皆と同じ心でいること、穂に出さずにいた思い、染まらない身も翁の色に染まろうという思いなどを詠み、九首とも翁に心を寄せる言葉で結ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 欝悒しき
- 「おほほしき」。心晴れない。
- 感けて
- 「かまけて」。心を動かされて。
- 辱
- 「はぢ」。恥。
- 默して
- 「もだして」。黙って。
- 否も諾も
- 「いなもうも」。否も応も。
- 並並
- 「なみなみ」。同じように。
- 豈もあらぬ
- とんでもない。
- 染ふれど
- 「にほふれど」。染めようとしても。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十六・雑歌・3794〜3802番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 竹取翁の歌に九人の娘子が和えた歌。
修辞
- 反復
- 「我も依りなむ」をくり返す。
解説
九人の娘子の歌は、歌垣の場の掛け合いを思わせる、遊戯的な唱和である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、584頁(コマ85)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、686頁(コマ107)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日