万葉集 巻第十六 3788〜3790番
無耳の 池し恨めし
三人の男に求婚されて耳成の池に身を投げた縵児を悼んで、男たちが詠んだ歌三首。耳成の池がうらめしい、あの子が来て潜ったら水が涸れてしまえばよかったのにという歌、山縵の子が今日行くと告げてくれたら帰って来たのにという歌、玉縵の子は今日のようにどの隈を見ながら来たのだろうという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞或は曰く、昔三の男ありて、同じく一の女を娉ひき。娘子嘆息きて曰く、一の女の身滅け易きこと露の如く、三の雄の志平び難きこと石の如しと。遂に池の上に仿偟り水底に沈沒みき。時に其の壯士等、哀頽の至に勝へず、各所心を陳べて作れる歌三首(娘子、字を縵兒と曰ふ)
- 1無耳無耳みみなしののの無耳之3788
- 2池池いけししし恨恨うらめしめしめし池羊蹄恨之
- 3吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹兒之
- 4來來きつつつつつつ潜潜かずかかかばばば來乍潜者
- 5水水みずははは涸涸かれれれなむなむなん水波將涸
- 6あしひきあしひきあしひきののの足曳之3789
- 7山山やま縵縵かずらののの兒兒こ山縵之兒
- 8今日今日きょうゆくゆくゆくととと今日往跡
- 9吾吾われににに告告つげげげせせせばばば吾爾告世婆
- 10還還かえりりり來來こましましましををを還來麻之乎
- 11あしひきあしひきあしひきののの足曳之3790
- 12玉玉たま縵縵かずらののの兒兒こ玉縵之兒
- 13今日今日きょうののの如如ごと如今日
- 14いづれいづれいずれののの隈隈くまををを何隈乎
- 15見見みつつつつつつ來來きにににけむけむけん見管來爾監
現代語訳
〔3788〕耳成の池がうらめしい。いとしいあの子が来て潜ったならば、水は涸れてしまえばよかったのに。
〔3789〕(あしひきの)山縵の子が、今日行くと私に告げてくれたなら、引き返して来たものを。
〔3790〕(あしひきの)玉縵の子は、今日のように、どの隈を見ながらやって来たのだろうか。
意訳
別の伝えとして、三人の男に求婚された縵児が、一人の女の身ははかなく、三人の男の心は和らげがたいと嘆いて、池に身を投げた話を記す。男たちは、娘が潜った耳成の池の水が涸れればよかったとうらみ、行くと告げてくれれば引き返したのにと悔やみ、娘が最後にどの道を見ながら来たのかと思いやる。
語釈・文法注
文法・本文
- 無耳の池
- 「みみなしのいけ」。大和の耳成山のふもとの池。
- 恨めし
- 白文は「羊蹄恨之」と書き、「羊蹄(し)」を助詞「し」に当てる戯書。
- 潜かば
- 「かづかば」。潜ったならば。
- 山縵の兒
- 「やまかづらのこ」。縵児を山かずらにたとえた呼び名。
- 隈
- 「くま」。曲がり角、物陰。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十六・雑歌・3788〜3790番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 縵児を争った三人の男が、縵児の死を悼んで詠んだ歌。
修辞
- 用字
- 3788番は「羊蹄」を「し」に当てる戯書を用いる。
解説
3786〜3790番は、妻争いの伝説に歌を添えた歌語りの形をとる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、582頁(コマ84)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、683頁(コマ105)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日