万葉集 巻第十五 3707〜3713番
秋山の 黄葉を插頭し
竹敷の浦の歌十八首の続き七首。紅葉を髪に挿していると見飽きないうちに潮が満ちて来たという副使の歌、物思いを人に見せまいと心の中で恋うるうちに月日がたったという大使の歌、家へのみやげに貝を拾おうとして波に袖が濡れたという歌、潮が引いたらまた来よう、沖の潮騒が高くなったという歌、袖が濡れても恋忘れ貝を拾わずには行くまいという歌、妻が乾かしてくれるわけでもないのに袖が濡れてどうしようという歌、妻が待つと言った時が過ぎて紅葉も色あせたという歌。
題詞(竹敷浦に船泊てし時、各心緒を陳べて作れる歌十八首)
- 1秋秋あき山山やまののの安伎也麻能3707 副使
- 2黃葉黃葉もみちををを插頭插頭かざししし毛美知乎可射之
- 3我我わががが居居おれれればばば和我乎禮婆
- 4浦浦うら潮潮しお滿滿みちちち來來く宇良之保美知久
- 5いまだいまだいまだ飽飽あかかかなくなくなくににに伊麻太安可奈久爾
- 6物物もの思思もふふうととと毛能毛布等3708 大使
- 7人人ひとにににははは見見みえええじじじ比等爾波美要緇
- 8下下した紐紐ひもののの之多婢毛能
- 9したしたしたゆゆゆ戀戀こふるふるうるににに思多由故布流爾
- 10月月つきぞぞぞ經經えにににけるけるける都奇曾倍爾家流
- 11家家いえづとづとずとににに伊敝豆刀爾3709
- 12貝貝かいををを拾拾ひりふふうととと可比乎比里布等
- 13沖沖おき邊邊へよりよりより於伎敝欲里
- 14寄寄よせせせ來來くるるる浪浪なみににに與世久流奈美爾
- 15衣衣ころも手手でぬれぬれぬれぬぬぬ許呂毛弖奴禮奴
- 16潮潮しお干干ひなばなばなば之保非奈波3710
- 17またまたまたももも吾吾われ來來こむむむ麻多母和禮許牟
- 18いざいざいざ行行ゆかかかむむん伊射遊賀武
- 19沖沖おきつつつ潮潮しお騷騷さい於伎都志保佐爲
- 20高高たかくくく立立たちちち來來きぬぬぬ多可久多知伎奴
- 21わわわががが袖袖そでははは和我袖波3711
- 22袂袂たもととほりとほりとおりててて多毛登等保里弖
- 23ぬれぬれぬれぬぬぬともともとも奴禮奴等母
- 24戀戀こい忘忘わすれ貝貝がい故非和須禮我比
- 25とらとらとらずずずははは行行ゆかかかじじじ等良受波由可自
- 26ぬばたまぬばたまぬばたまののの奴波多麻能3712
- 27妹妹いもががが乾乾ほすすすべくべくべく伊毛我保須倍久
- 28あらあらあらなくなくなくににに安良奈久爾
- 29我我わががが衣衣ころも手手でををを和我許呂母弖乎
- 30ぬれぬれぬれててていかにいかにいかにせせせむむん奴禮弖伊可爾勢牟
- 31もみぢもみぢもみじ葉葉ばははは毛美知婆波3713
- 32今今いまはははうつろふうつろふうつろう伊麻波宇都呂布
- 33吾吾わぎ妹妹も子子こががが和伎毛故我
- 34待待またたたむむんととといひいひいいししし麻多牟等伊比之
- 35時時ときののの經經え行行ゆけけけばばば等伎能倍由氣婆
現代語訳
〔3707〕秋の山の紅葉を髪に挿していると、浦の潮が満ちて来た。まだ見飽きないのに。
〔3708〕物思いをしていると人には見せまい。下紐のように心の内で恋い慕っているうちに、月日がたってしまった。
〔3709〕家へのみやげに貝を拾おうとして、沖から寄せて来る波に、袖が濡れてしまった。
〔3710〕潮が引いたら、また私は来よう。さあ行こう。沖の潮騒が高く立って来た。
〔3711〕私の袖は袂まで通って濡れようとも、恋忘れ貝を拾わずには行くまい。
〔3712〕(ぬばたまの)妻が乾かしてくれるわけでもないのに、私の袖が濡れて、どうしたらよいのだろう。
〔3713〕紅葉は今はもう色あせていく。いとしい妻が待っていようと言った時が過ぎていくので。
意訳
竹敷の浦の歌の続きである。紅葉を髪に挿して遊ぶうちに潮が満ちる副使の歌、人に見せずに恋い続けるうちに月日がたったという大使の歌、みやげの貝を拾って袖を濡らす歌、恋を忘れる貝を拾わずには行かないという歌、妻のいない旅で袖が濡れる嘆き、約束の時が過ぎて紅葉も色あせるという歌が続く。
語釈・文法注
文法・本文
- 插頭し
- 「かざし」。髪に挿して。
- 下紐の
- 「した(心の内)」にかかる。
- 家づと
- 家へのみやげ。
- 潮騷
- 「しほさゐ」。潮の満ちる時の波音。
- 戀忘貝
- 「こひわすれがひ」。拾うと恋を忘れるという貝。
- うつろふ
- 色あせる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3707〜3713番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が対馬の竹敷の浦で詠んだ歌。3707番は副使、3708番は大使の作。
修辞
- 照応
- 3713番は3701番の副使の歌「待たむといひし時」を受ける。
解説
秋に帰るという妻との約束の時が過ぎていく嘆きが、竹敷の歌に共通する。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、568頁(コマ77)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、667頁(コマ97)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日