万葉集 巻第十五 3700〜3706番
あしひきの 山下耀る
対馬の竹敷の浦に泊まった時の歌十八首の前半七首。山の紅葉の散り乱れるのは今日がその時かという大使の歌、竹敷の紅葉を見ると妻が待つと言った時が来たという副使の歌、私が帰るまで浦の紅葉よ散るなという大判官の歌、うへかた山は紅の八入の色になったという少判官の歌、紅葉の散る山辺を漕ぐ船の美しさに見とれて出て来たという対馬の娘子玉槻の歌、竹敷の玉藻をなびかせて漕ぎ出す君の船をいつと待とうかという玉槻の歌、玉を敷いた清い渚を帰りに見ようという大使の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞竹敷浦に船泊てし時、各心緒を陳べて作れる歌十八首
- 1あしひきあしひきあしひきののの安之比奇能3700 大使
- 2山山やま下下した耀耀ひかるるる山下比可流
- 3黃葉黃葉もみちばののの毛美知葉能
- 4散散ちりりりののの亂亂まがいははは知里能麻河比波
- 5今日今日きょうにににもももあるあるあるかもかもかも計布仁聞安留香母
- 6竹敷竹敷たかしきののの多可之伎能3701 副使
- 7黃葉黃葉もみちををを見見みれれればばば母美知乎見禮婆
- 8吾吾わぎ妹妹も子子こががが和藝毛故我
- 9待待またたたむむんととといひいひいいししし麻多牟等伊比之
- 10時時ときぞぞぞ來來きにににけるけるける等伎曾伎爾家流
- 11竹敷竹敷たかしきののの多可思吉能3702 大判官
- 12浦浦うら廻廻みののの黃葉黃葉もみち宇良末能毛美知
- 13我我われ行行ゆきききててて和禮由伎弖
- 14歸歸かえりりり來來くるるるまでまでまで可敝里久流末低
- 15散散ちりりりこすこすこすななな努努ゆめ知里許須奈由米
- 16竹敷竹敷たかしきののの多可思吉能3703 小判官
- 17うへうへうえかたかたかた山山やまははは宇敝可多山者
- 18紅紅くれないののの久禮奈爲能
- 19八八や入入しおののの色色いろににに也之保能伊呂爾
- 20なりなりなりにににけるけるけるかもかもかも奈里爾家流香聞
- 21もみぢもみぢもみじ葉葉ばののの毛美知婆能3704 玉槻
- 22散散ちらふらふらう山山やま邊邊べゆゆゆ知良布山邊由
- 23こぐこぐこぐ船船ふねののの許具布禰能
- 24にほひにほひにおいににに愛愛めでででててて爾保比爾米低弖
- 25出出いでででててて來來きにににけりけりけり伊低弖伎爾家里
- 26竹敷竹敷たかしきののの多可思吉能3705 玉槻
- 27玉玉たま藻藻も靡靡なびかしかしかし多麻毛奈婢可之
- 28こぎこぎこぎ出出でなむなむなん己藝低奈牟
- 29君君きみががが御御み船船ふねををを君我美布禰乎
- 30いついついつとととかかか待待またたたむむん伊都等可麻多牟
- 31玉玉たま敷敷しけけけるるる多麻之家流3706 大使
- 32淸淸きよききき渚渚なぎさををを伎欲吉奈藝佐乎
- 33潮潮しお滿滿みてててばばば之保美弖婆
- 34飽飽あかかかずずず吾吾われ行行ゆくくく安可受和禮由久
- 35還還かえるるるさささににに見見みむむむ可反流左爾見牟
現代語訳
〔3700〕(あしひきの)山のふもとを照り輝かせる紅葉の散り乱れる時は、今日がその時なのだろうか。
〔3701〕竹敷の紅葉を見ると、いとしい妻が待っていようと言った時が、もう来てしまったのだ。
〔3702〕竹敷の浦辺の紅葉よ、私が行って帰って来るまで、決して散らないでおくれ。
〔3703〕竹敷のうへかた山は、紅で幾度も染めた色になったことだ。
〔3704〕紅葉の散る山辺を漕いで行く船の美しさに見とれて、出て来てしまいました。
〔3705〕竹敷の玉藻をなびかせて漕ぎ出して行くあなたの御船を、いつ帰ると思って待てばよいのでしょう。
〔3706〕玉を敷いたような清らかな渚を、潮が満ちたので、見飽きないまま私は行く。帰りに見よう。
意訳
対馬の竹敷の浦に泊まった時、使節の大使・副使・判官たちと、土地の娘子玉槻が詠み交わした歌である。秋の紅葉を前に、妻が待つと言った時が来たと嘆き、帰るまで散るなと願い、紅葉の美しさをたたえる。玉槻は、紅葉の山辺を漕ぐ船の美しさに見とれて出て来たと詠み、いつ帰るのかと使節の船を見送る。
語釈・文法注
文法・本文
- 山下耀る
- 「やましたひかる」。山のふもとを照り輝かせる。
- 散りの亂
- 「ちりのまがひ」。散り乱れること。
- 竹敷
- 「たかしき」。対馬の浅茅湾の浦。
- 散りこすな努
- 決して散ってくれるな。
- 八入
- 「やしほ」。幾度も染めること。
- にほひ
- 美しい色つや。
- 還るさ
- 帰る時。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3700〜3706番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が対馬の竹敷の浦で詠んだ歌。大使・副使・大判官・少判官と、対馬の娘子玉槻の作。
修辞
- 唱和
- 使節の官人と土地の娘子が歌を詠み交わす。
解説
対馬の娘子玉槻は、使節をもてなした遊行女婦とも考えられる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、567頁(コマ76)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、666頁(コマ97)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日