万葉集 巻第十五 3688〜3690番
天皇の 遠の朝廷と
壱岐島で雪宅満が急病で亡くなった時の挽歌。大君の遠の朝廷として韓国へ渡る君は、家人が身を慎んで待たなかったのか、過ちがあったのか、秋には帰ると母に告げて、家人が今日か明日かと待っているのに、遠い国にも着かず、大和からも遠く離れて、岩の荒い島に眠る君よと嘆く長歌と、石田野に眠る君のことを家人に問われたら何と言おうという歌、世の中は常にこうだと別れた君をむやみに恋い慕って行くのかという歌。
題詞壹岐島に到りて、雪連宅滿が忽ちに鬼病に遇ひて死去れる時作れる歌一首并に短歌
- 1天皇天皇すめろぎののの遠遠とおののの朝廷朝廷みかどととと須賣呂伎能 等保能朝廷等長歌
- 2韓國韓國からくにににに渡渡わたるるる我我わががが背背せははは可良國爾 和多流和我世波
- 3家家いえ人人びとののの齋齋いわひひい待待またたたねねねかかか伊敝妣等能 伊波比麻多禰可
- 4疊疊たたみかもかもかも過過あやまちしししけむけむけん多太末可母 安夜麻知之家牟
- 5秋秋あきさらさらさらばばば歸歸かえりりりまさまさまさむむんととと安吉佐良婆 可敝里麻左牟等
- 6たらちねたらちねたらちねののの母母ははににに申申まおしししててて多良知禰能 波波爾麻乎之弖
- 7時時ときももも過過すぎぎぎ月月つきももも經經えぬれぬれぬればばば等伎毛須疑 都奇母倍奴禮婆
- 8今日今日きょうかかか來來こむむむ明日明日あすかもかもかも來來こむむむととと今日可許牟 明日可蒙許武登
- 9家家いえ人人びとははは待待まちちち戀戀こふふうらむらむらんににに伊敝妣等波 麻知故布良牟爾
- 10遠遠とおののの國國くに未未いまだだだももも著著つかかかずずず等保能久爾 伊麻太毛都可受
- 11大和大和やまとをををももも遠遠とおくくく離離さかりりりててて也麻等乎毛 登保久左可里弖
- 12石石いわががが根根ねののの荒荒あらききき島島しま根根ねににに宿宿やどりするするする君君きみ伊波我禰乃 安良伎之麻禰爾 夜杼理須流君
- 13石田石田いわた野野のににに伊波多野爾反歌
- 14宿宿やどりするするする君君きみ夜杼里須流伎美
- 15家家いえ人人びとののの伊敝妣等乃
- 16いづらいづらいずらととと我我われををを伊豆良等和禮乎
- 17問問とはははばばば如何如何いかににに言言いははわむむん等波婆伊可爾伊波牟
- 18世世よののの中中なかははは與能奈可波反歌
- 19常常つね斯斯かくくくのみのみのみととと都禰可久能未等
- 20別別わかれれれぬるぬるぬる和可禮奴流
- 21君君きみにににやややもとなもとなもとな君爾也毛登奈
- 22吾吾あががが戀戀こひひい行行ゆかかかむむん安我孤悲由加牟
現代語訳
〔3688〕天皇の遠い朝廷として韓国に渡って行くわが友は、家の人が身を慎んで待たなかったのか、それとも過ちをしたのだろうか。秋になったら帰って来ようと、(たらちねの)母に申し上げて出て来たのに、時も過ぎ月も経ったので、今日帰って来るか、明日帰って来るかと、家の人は待ち恋しがっているだろうに、遠い国にもまだ着かず、大和からも遠く離れて、岩の荒々しい島に宿る君よ。
〔3689〕石田野に宿るあなたのことを、家の人が「どこにいるのか」と私に問うたら、何と言えばよいのだろう。
〔3690〕世の中はいつもこのようなものだと別れてしまったあなたに、むやみに私は恋い慕いながら行くことだろうか。
意訳
遣新羅使の一行が壱岐島に着いた時、使人の一人雪宅満(壱岐宅満)が急病で亡くなったのを悼む挽歌である。家人の祈りが足りなかったのか、本人に過ちがあったのかと嘆き、秋には帰ると母に告げて出た人が、目的地にも着かず故郷からも遠く離れた荒い島に眠ることを悲しむ。反歌では、家人に問われたら何と答えればよいのかと嘆き、世の無常を思いながらも亡き友を恋い慕う。
語釈・文法注
文法・本文
- 遠の朝廷
- 「とほのみかど」。地方の官庁。ここでは新羅への使節。
- 齋ひ待たねか
- 身を慎んで待たなかったからか。
- 過しけむ
- 「あやまちしけむ」。過ちをしたのか。
- 申して
- 「まをして」。申し上げて。
- 島根
- 「しまね」。島。
- 石田野
- 「いはたの」。壱岐の地名。
- いづら
- どこ。
- もとな
- むやみに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3688〜3690番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が壱岐で雪宅満の死を悼んで作った挽歌。作者は記されない。
修辞
- 問いかけ
- 死の原因を問いかけて嘆く。
解説
雪宅満は3644番の作者で、この挽歌のほかに3691〜3696番の挽歌も続く。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、565頁(コマ75)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、663頁(コマ95)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日