万葉集 巻第十五 3681〜3687番
歸り來て 見むと思ひし
肥前の狛島の泊まりに泊まった夜、遠く海の波を見て旅の悲しみを詠んだ歌七首。帰って見ようと思っていた家の萩や薄は散っただろうかという秦田麻呂の歌、天地の神に祈って待とう、早く帰って来てという娘子の歌、立つ月ごとに恋しく思わない日はないという歌、秋の夜が長いからか独り寝だからか眠れないという歌、神功皇后が船を泊めた松浦の海で妻が待つ月はたっていくという歌、旅なので思いを断っていたが家の妻が恋しいという歌、山を越えて行く雁よ、都に行ったら妻に逢って来いという歌。
題詞肥前國松浦郡狛島亭に船泊てし夜、遙に海の浪を望み、各旅の心を慟しみて作れる歌七首
- 1歸歸かえりりり來來きててて可敝里伎弖3681 秦田麿
- 2見見みむむむととと思思おもひひいししし見牟等於毛比之
- 3わわわががが宿宿やどののの和我夜度能
- 4秋秋あき萩萩はぎ薄薄すすき安伎波疑須須伎
- 5散散ちりりりにににけむけむけんかもかもかも知里爾家武可聞
- 6天天あめ地地つちののの安米都知能3682 娘子
- 7神神かみををを祈祈こひひいつつつつつつ可未乎許比都都
- 8吾吾あれ待待またたたむむん安禮麻多武
- 9早早はや來來きませませませ君君きみ波夜伎萬世伎美
- 10待待またたたばばば苦苦くるしししももも麻多婆久流思母
- 11君君きみををを思思おもひひい伎美乎於毛比3683
- 12吾吾あががが戀戀こひひいまくまくまくははは安我古非萬久波
- 13あらたまあらたまあらたまののの安良多麻乃
- 14立立たつつつ月月つき毎毎ごとににに多都追奇其等爾
- 15避避よくるくるくる日日ひもももあらあらあらじじじ與久流日毛安良自
- 16秋秋あきののの夜夜よををを秋夜乎3684
- 17長長ながみみみにににかかかあらあらあらむむん奈我美爾可安良武
- 18何何なぞぞぞ幾許幾許ここば奈曾許己波
- 19寐寐いののの寢寢ねらえらえらえぬぬぬももも伊能禰良要奴毛
- 20獨獨ひとり宿宿ぬれれればばばかかか比等里奴禮婆可
- 21足姫足姫たらしひめ多良思比賣3685
- 22御御み船船ふね泊泊はてててけむけむけん御舶波弖家牟
- 23松浦松浦まつらののの海海うみ松浦乃宇美
- 24妹妹いもががが待待まつつつべきべきべき伊母我麻都倍伎
- 25月月つきははは經經えにににつつつつつつ月者倍爾都々
- 26旅旅たびなれなれなればばば多婢奈禮婆3686
- 27思思おもひひい絕絕たえええてててももも於毛比多要弖毛
- 28ありありありつれつれつれどどど安里都禮杼
- 29家家いえににに在在あるるる妹妹いもししし伊敝爾安流伊毛之
- 30思思おもひひいがなしがなしがなしももも於母比我奈思母
- 31あしひきあしひきあしひきののの安思必寄能3687
- 32山山やま飛飛とびびび越越こゆるゆるゆる山等妣古由留
- 33雁雁かりがががねねねははは可里我禰婆
- 34都都みやこににに行行ゆかかかばばば美也故爾由加波
- 35妹妹いもににに逢逢あひひいててて來來こねねね伊毛爾安比弖許禰
現代語訳
〔3681〕帰って来て見ようと思っていたわが家の秋萩や薄は、もう散ってしまっただろうか。
〔3682〕天地の神に祈りながら、私は待っていましょう。早く帰っていらしてください、あなた。待つのはつらいのです。
〔3683〕あなたを思って私が恋い慕うことは、(あらたまの)月が改まるごとに、休む日もないでしょう。
〔3684〕秋の夜が長いからだろうか。どうしてこんなにも眠ることができないのか。ひとりで寝ているからだろうか。
〔3685〕足姫(神功皇后)が御船を泊めたという松浦の海で、妻が私の帰りを待っているはずの月は、過ぎていくばかりだ。
〔3686〕旅の身なので思いを断ってもいたけれど、家にいるいとしい妻は、思うとせつないことだ。
〔3687〕(あしひきの)山を飛び越えて行く雁は、都に行ったなら、いとしい妻に逢って来ておくれ。
意訳
肥前の狛島の泊まり(今の佐賀県唐津市の神集島)に泊まった夜の歌である。秦田麻呂は秋の終わりに家の萩や薄が散ったかと思い、続く娘子の歌は都で待つ妻の立場に立って早い帰りを願う。ほかに、眠れない秋の長夜、神功皇后ゆかりの松浦の海で過ぎていく月日、妻への尽きない思い、雁に妻への使いを頼む歌が続く。
語釈・文法注
文法・本文
- 祈ひつつ
- 「こひつつ」。祈りながら。
- 避くる日
- 「よくるひ」。休む日、外れる日。
- 幾許
- 「ここば」。こんなにも。
- 足姫
- 「たらしひめ」。神功皇后。
- 思ひがなし
- せつない。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3681〜3687番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が肥前の狛島の泊まりで詠んだ歌。3681番は秦田麻呂、3682番は娘子の作。
修辞
- 仮託
- 3682番の娘子の歌は、都の妻の立場で詠んだものか。
解説
狛島は今の唐津市の神集島で、ここから壱岐・対馬を経て新羅へ渡った。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、564頁(コマ75)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、662頁(コマ95)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日