万葉集 巻第十五 3663〜3667番
わたつみの 沖つ繩海苔
筑紫の海辺で月を見て作った歌九首の後半。縄海苔の来る時に帰ると妻が待つ月はたっていくという歌、志珂の浦で夜明けに漁をする海人の楫の音が聞こえるという歌、妻を思って眠れない明け方に朝霧に隠れて雁が鳴くという歌、夕方秋風が寒いので妻が洗い張りした衣を早く行って着ようという歌、旅は久しいらしい、私が着ている妻の衣が垢じみたのを見るとという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞海邊に月を望みて作れる歌九首
- 1わたつみわたつみわたつみののの和多都美能3663
- 2沖沖おきつつつ繩繩なわ海苔海苔のり於伎都奈波能里
- 3來來くるるる時時ときととと久流等伎登
- 4妹妹いもががが待待まつつつらむらむらん伊毛我麻都良牟
- 5月月つきははは經經えにににつつつつつつ月者倍爾都追
- 6志珂志珂しかののの浦浦うらににに之可能宇良爾3664
- 7漁漁いざりするするする海人海人あま伊射里須流安麻
- 8明明あけけけ來來くれれればばば安氣久禮婆
- 9浦浦うら廻廻みこぐこぐこぐらしらしらし宇良未許具良之
- 10楫楫かじののの音音おと聞聞きこゆゆゆ可治能於等伎許由
- 11妹妹いもををを思思おもひひい伊母乎於毛比3665
- 12寐寐いののの寢寢ねらえらえらえぬぬぬににに伊能禰良延奴爾
- 13曉曉あかときののの安可等吉能
- 14朝朝あさ霧霧ぎり隱隱ごもりりり安左宜理其問理
- 15雁雁かりがががねねねぞぞぞ鳴鳴なくくく可里我禰曾奈久
- 16夕夕ゆうささされれればばば由布佐禮婆3666
- 17秋秋あき風風かぜ寒寒さむししし安伎可是左牟思
- 18吾吾わぎ妹妹も子子こががが和伎母故我
- 19解解とき濯濯あらい衣衣ごろも等伎安良比其呂母
- 20行行ゆきききててて早早はや著著きむむむ由伎弖波也伎牟
- 21わわわががが旅旅たびははは和我多妣波3667
- 22久久ひさしくしくしくあらあらあらししし比左思久安良思
- 23此此こののの吾吾あががが著著けるるる許能安我家流
- 24妹妹いもががが衣衣ころもののの伊毛我許呂母能
- 25垢垢あかづくづくずく見見みれれればばば阿可都久見禮婆
現代語訳
〔3663〕海の沖の縄海苔が寄って来る頃に帰ると、妻が待っているだろう、その月日はたっていくばかりだ。
〔3664〕志珂の浦で漁をする海人は、夜が明けて来ると、浦をめぐって漕ぐらしい。楫の音が聞こえる。
〔3665〕いとしい妻を思って眠ることもできずにいると、明け方の朝霧に隠れて、雁が鳴いている。
〔3666〕夕方になると秋風が寒い。いとしい妻が洗い張りをした衣を、早く帰って着よう。
〔3667〕私の旅は久しくなったらしい。この私が着ている妻の衣が、垢じみてきたのを見ると。
意訳
筑紫の海辺で月を望んで詠んだ歌の後半である。帰りを待つ妻を思いながら過ぎていく月日、夜明けの楫の音、眠れぬ明け方の雁の声、秋風の寒さに妻の洗った衣を思う心、妻の衣が垢じみるほど旅が長くなった嘆きを詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 繩海苔
- 「なはのり」。縄状の海藻。
- 經につつ
- 「へにつつ」。経っていくばかりで。
- 寐の寢らえぬに
- 「いのねらえぬに」。眠ることもできないのに。
- 解濯衣
- 「ときあらひごろも」。ほどいて洗い張りした衣。
- 著る
- 「ける」。着ている。
- 垢づく
- 垢じみる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3663〜3667番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が筑紫の海辺で月を見て詠んだ歌。
修辞
- 情景
- 月夜から明け方への時間の移りの中で妻を思う。
解説
3667番の妻の衣が垢じみるという表現は、旅の長さを具体的に示している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、562頁(コマ74)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、659頁(コマ93)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日