万葉集 巻第十五 3652〜3655番
志珂の海人の 一日も闕ちず
筑紫の館に着いて遠く故郷を望み悲しんで作った歌四首。志珂の海人が一日も欠かさず焼く塩のように辛い恋をするという歌、家人が待ち恋うているだろうに夜通し魚を釣る志珂の海人の歌、可之布江に鶴が鳴き渡り志珂の浦に沖の白波が立って来るらしいという歌、もう秋めいたらしく山の松陰にひぐらしが鳴いたという歌。
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題詞筑紫館に至り遙に本郷を望み悽み愴きて作れる歌四首
- 1志珂志珂しかののの海人海人あまののの之賀能安麻能3652
- 2一一ひと日日ひももも闕闕おちちちずずず一日毛於知受
- 3燒燒やくくく鹽鹽しおののの也久之保能
- 4辛辛からききき戀戀こいをををももも可良伎孤悲乎母
- 5吾吾あれはははするするするかもかもかも安禮波須流香母
- 6志珂志珂しかののの浦浦うらににに思可能宇良爾3653
- 7漁漁いざりするするする海人海人あま伊射里須流安麻
- 8家家いえ人人びとののの伊敝比等能
- 9待待まちちち戀戀こふふうらむらむらんににに麻知古布良牟爾
- 10明明あかししし釣釣つるるる魚魚うお安可思都流宇乎
- 11可之布可之布かしふ江江えににに可之布江爾3654
- 12鶴鶴たず鳴鳴なききき渡渡わたるるる多豆奈吉和多流
- 13志珂志珂しかののの浦浦うらににに之可能宇良爾
- 14沖沖おきつつつ白白しら浪浪なみ於枳都之良奈美
- 15立立たちちちししし來來くらしらしらしももも多知之久良思母
- 16今今いまよりよりよりははは伊麻欲理波3655
- 17秋秋あきづきづきづきぬぬぬらしらしらし安伎豆吉奴良之
- 18あしひきあしひきあしひきののの安思比奇能
- 19山山やま松松まつかげかげかげににに夜麻末都可氣爾
- 20晩蟬晩蟬ひぐらし鳴鳴なきききぬぬぬ日具良之奈伎奴
現代語訳
〔3652〕志珂の海人が一日も欠かさず焼く塩のように、辛い恋を私はすることだ。
〔3653〕志珂の浦で漁をする海人よ、家の人が待ち恋しがっているだろうに、夜を明かして釣る魚よ。
〔3654〕可之布江に鶴が鳴いて渡って行く。志珂の浦に、沖の白波が立って来るらしい。
〔3655〕今からはもう秋めいてきたらしい。(あしひきの)山の松の木陰に、ひぐらしが鳴いた。
意訳
筑紫の館(後の鴻臚館)に着いて、遠い故郷を思って詠んだ歌である。志珂の海人の焼く塩のように辛い恋、家人を待たせて夜通し釣りをする海人への思い、白波の立つ志珂の浦、秋の訪れを告げるひぐらしの声を詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 筑紫館
- 「つくしのたち」。大宰府の外交使節の宿泊施設。
- 志珂
- 「しか」。筑前の志賀島。
- 闕ちず
- 「おちず」。欠かさず。
- 明し釣る魚
- 夜を明かして釣る魚。
- 可之布江
- 「かしふえ」。博多湾の香椎の入江。
- 秋づき
- 秋めいて。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3652〜3655番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が筑紫の館に着いた時の歌。
修辞
- 序詞
- 3652番の「志珂の海人の一日も闕ちず燒く鹽の」が「辛き」を導く。
解説
秋には帰ると約束していた使人たちは、まだ筑紫で秋を迎えることになった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、561頁(コマ73)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、657頁(コマ92)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日