万葉集 巻第十五 3648〜3651番
海原の 沖邊に燭し
佐婆の海で漂流した苦難を思って作った歌八首の後半。沖に灯して漁る火を明るくせよ、大和島を見ようという歌、鴨のように浮き寝をすれば黒髪に露が置いたという歌、空に照る月は見ても思う妻には逢えないこのごろかという歌、夜空を渡る月は早く出ないか、八十島の上から妻のあたりを見ようという旋頭歌。
場面イラスト(準備中)
題詞佐婆の海中にて忽ちに逆風漲浪に遭ひ漂流し、經宿して後、幸に順風を得、豐前國下毛郡分間浦に到着す。是に艱難を追ひ怛み悽惘して作れる歌八首
- 1海海うな原原はらののの宇奈波良能3648
- 2沖沖おき邊邊へににに燭燭ともししし於伎敝爾等毛之
- 3漁漁いざるるる火火ひははは伊射流火波
- 4明明あかしししててて燭燭ともせせせ安可之弖登母世
- 5大和大和やまと島島しま見見みむむむ夜麻登思麻見無
- 6鴨鴨かもじものじものじもの可母自毛能3649
- 7浮浮うき宿宿ねをををすれすれすればばば宇伎禰乎須禮婆
- 8蜷蜷みなののの腸腸わた美奈能和多
- 9かかか黒黒ぐろききき髮髮かみににに可具呂伎可美爾
- 10露露つゆぞぞぞ置置おきききにににけるけるける都由曾於伎爾家流
- 11ひさかたひさかたひさかたののの比左可多能3650
- 12天天あま照照てるるる月月つきははは安麻弖流月波
- 13見見みつれつれつれどもどもども見都禮杼母
- 14吾吾あががが思思もふふう妹妹いもににに安我母布伊毛爾
- 15逢逢あははわぬぬぬ頃頃ころかもかもかも安波奴許呂可毛
- 16ぬばたまぬばたまぬばたまののの奴波多麻能3651
- 17夜夜よ渡渡わたるるる月月つきははは欲和多流月者
- 18早早はやももも出出いでででぬぬぬかもかもかも波夜毛伊弖奴香文
- 19海海うな原原はらののの宇奈波良能
- 20八十八十やそ島島しまののの上上うえゆゆゆ夜蘇之麻能宇倍由
- 21妹妹いもががが邊邊あたり見見みむむむ伊毛我安多里見牟
現代語訳
〔3648〕海原の沖に灯して漁をする火は、もっと明るく灯せ。大和の島を見よう。
〔3649〕鴨のように浮き寝をしていると、(蜷の腸)黒い髪に露が置いてしまったことだ。
〔3650〕(ひさかたの)空に照る月は見たけれど、私の思う妻には逢えないこのごろであることよ。
〔3651〕(ぬばたまの)夜空を渡る月は早く出ないものか。海原の多くの島々の上から、妻のいるあたりを見よう。
意訳
漂流の苦難を振り返った歌の後半である。漁火を明るくして大和の島を見たいという歌、船上の浮き寝で黒髪に露が置いたという歌、月は見ても妻には逢えないという歌、月が早く出て島々の向こうに妻のいるあたりを照らしてほしいという旋頭歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 漁る火
- 「いざるひ」。漁火。
- 明して燭せ
- 明るく灯せ。
- 鴨じもの
- 鴨のように。
- 蜷の腸
- 「みなのわた」。「か黒き」にかかる枕詞。
- 八十島
- 多くの島々。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3648〜3651番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が佐婆の海で漂流した後に詠んだ歌。
修辞
- 旋頭歌
- 3651番は五七七五七七の旋頭歌。
- 枕詞
- 「蜷の腸」「ひさかたの」「ぬばたまの」。
解説
使節は周防灘で嵐に遭い、豊前の分間の浦(今の大分県中津市のあたり)に流れ着いた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、561頁(コマ73)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、656頁(コマ92)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日