万葉集 巻第十五 3644〜3647番
大君の 命恐み
佐婆の海で逆風と荒波に遭って漂流し、一夜を過ごして豊前の分間の浦に着いた後、その苦難を思って作った歌八首の前半。大君の命を畏んで大船の行くままに宿りをするという雪宅麻呂の歌、妻は早く帰らないかと待っているだろうに沖に住むのかという歌、風が早いので沖の御浦に宿るという歌、妻がどう思ってか一夜も欠かさず夢に見えるという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞佐婆の海中にて忽ちに逆風漲浪に遭ひ漂流し、經宿して後、幸に順風を得、豐前國下毛郡分間浦に到着す。是に艱難を追ひ怛み悽惘して作れる歌八首
- 1大君大君おおきみののの於保伎美能3644 雪宅麿
- 2命命みこと恐恐かしこみみみ美許等可之故美
- 3大大おお船船ぶねののの於保夫禰能
- 4行行ゆきききのののまにまにまにまにまにまに由伎能麻爾末爾
- 5やどりやどりやどりするするするかもかもかも夜杼里須流可母
- 6吾吾わぎ妹妹も子子こははは和伎毛故波3645
- 7早早はやももも來來こぬぬぬかかかととと伴也母許奴可登
- 8待待まつつつらむらむらんををを麻都良牟乎
- 9沖沖おきにににややや住住すまままむむん於伎爾也須麻牟
- 10家家いえ附附ずかかかずずずしししててて伊敝都可受之弖
- 11浦浦うら廻廻みよりよりより宇良未欲里3646
- 12こぎこぎこぎ來來こししし船船ふねををを許藝許之布禰乎
- 13風風かぜ早早はやみみみ風波夜美
- 14沖沖おきつつつ御御み浦浦うらににに於伎都美宇良爾
- 15やどりやどりやどりするするするかもかもかも夜杼里須流可毛
- 16わぎもこわぎもこわぎもこががが和伎毛故我3647
- 17如何如何いかににに思思おもへへえかかか伊可爾於毛倍可
- 18ぬばたまぬばたまぬばたまののの奴婆多末能
- 19一一ひと夜夜よももも闕闕おちちちずずず比登欲毛於知受
- 20夢夢いめにににししし見見みゆるゆるゆる伊米爾之美由流
現代語訳
〔3644〕大君の仰せを恐れ謹んで、大船の行くままに任せて、宿りをすることだ。
〔3645〕いとしい妻は、早く帰って来ないかと待っているだろうに、沖に住むことになるのだろうか。家に寄りつくこともできずに。
〔3646〕浦伝いに漕いで来た船を、風が速いので、沖の御浦に泊めて、宿りをすることだ。
〔3647〕いとしい妻がどう思ってか、(ぬばたまの)一夜も欠かさず、夢に見えることだ。
意訳
周防の佐婆の海で逆風と荒波に遭い、漂流して一夜を過ごした苦難を、豊前の分間の浦に着いてから振り返って詠んだ歌である。大君の命令のままに流されて宿る身、家に帰れず沖に住むのかという不安、風に阻まれて沖で宿る心細さ、毎夜夢に現れる妻を詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 行きのまにまに
- 行くのに任せて。
- 家附かずして
- 「いへづかずして」。家に寄りつかずに。
- 沖つ御浦
- 「おきつみうら」。沖の浦。
- 闕ちず
- 「おちず」。欠かさず。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3644〜3647番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が佐婆の海(周防灘)で漂流した後に詠んだ歌。3644番は雪宅麻呂の作。
修辞
- 反復
- 3644・3646番は「やどりするかも」で結ぶ。
解説
雪宅麻呂(壱岐宅麻呂)は、この後、壱岐で病死し、その挽歌が3688番以下にある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、560頁(コマ73)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、655頁(コマ91)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日