万葉集 巻第十五 3627〜3629番
朝されば 妹が手に纏く
物に寄せて思いを述べた長歌と反歌二首。三津の浜から韓国へ渡ろうと船出し、淡路島が雲に隠れ、明石の浦で船寝をし、家島を見て心を慰めようとしたが波が高く、多麻の浦で妻へのみやげに海の玉を拾ったが、届ける使いもなく、持っていてもかいがないとまた置いてしまったと詠む長歌と、白玉を拾ってもまた置いた、見せる人もいないのでという歌、秋に戻って来るから忘れ貝を寄せて置いておけという歌。
題詞物に屬きて思を發はす歌一首并に短歌
- 1朝朝あさささされれればばば妹妹いもががが手手てににに纏纏まくくく安佐散禮婆 伊毛我手爾麻久長歌
- 2鏡鏡かがみなすなすなす三津三津みつののの濱濱はまびにびにびに可我美奈須 美津能波麻備爾
- 3大大おお船船ぶねににに眞眞ま楫楫かじ繁繁しじ貫貫ぬききき於保夫禰爾 眞可治之自奴伎
- 4韓國韓國からくにににに渡渡わたりりり行行ゆかかかむむんととと可良久爾爾 和多理由加武等
- 5直直ただ向向むかふふう敏馬敏馬みぬめをををさしさしさしててて多太牟可布 美奴面乎左指天
- 6潮潮しお待待まちちちててて水脈水脈みお導導びききき行行ゆけけけばばば之保麻知弖 美乎妣伎由氣婆
- 7沖沖おき邊邊へにににははは白白しら波波なみ高高たかみみみ於伎敝爾波 之良奈美多可美
- 8浦浦うら廻廻みよりよりより榜榜こぎぎぎててて渡渡わたれれればばば宇良未欲理 許藝弖和多禮婆
- 9吾吾わぎ妹妹も子子こににに淡路淡路あわじののの島島しまははは和伎毛故爾 安波治乃之麻波
- 10夕夕ゆうささされれればばば雲雲くも居居い隱隱がくりりりぬぬぬ由布左禮婆 久毛爲可久里奴
- 11さささ夜夜よふけふけふけててて行方行方ゆくえををを知知しらららににに左欲布氣弖 由久敝乎之良爾
- 12吾吾あががが心心こころ明石明石あかしののの浦浦うらににに安我己許呂 安可志能宇良爾
- 13船船ふね泊泊とめめめててて浮浮うき宿宿ねをををしししつつつつつつ布禰等米弖 宇伎禰乎詞都追
- 14わたつみわたつみわたつみののの沖沖おき邊邊へををを見見みれれればばば和多都美能 於枳敝乎見禮婆
- 15漁漁いざりするするする海人海人あまののの少女少女おとめははは伊射理須流 安麻能乎等女波
- 16小小お船船ぶね乘乘のりりりつららつららつららににに浮浮うけけけりりり小船乘 都良良爾宇家里
- 17曉曉あかときののの潮潮しお滿滿みちちち來來くれれればばば安香等吉能 之保美知久禮婆
- 18葦葦あし邊邊べにににははは鶴鶴たず鳴鳴なききき渡渡わたるるる安之辨爾波 多豆奈伎和多流
- 19朝朝あさなぎなぎなぎににに船船ふな出出でをををせせせむむんととと安左奈藝爾 布奈弖乎世牟等
- 20船船ふな人人びとももも水手水手かこももも聲聲こえよびよびよび船人毛 鹿子毛許惠欲妣
- 21鳰鳰にお鳥鳥どりのののなづさひなづさひなずさい行行ゆけけけばばば柔保等里能 奈豆左比由氣婆
- 22家家いえ島島しまははは雲雲くも居居いににに見見みえええぬぬぬ伊敝之麻婆 久毛爲爾美延奴
- 23吾吾あががが思思もへへへるるる心心こころ和和なぐぐぐやややととと安我毛敝流 許己呂奈具也等
- 24早早はやくくく來來きててて見見みむむむととと思思おもひひいててて波夜久伎弖 美牟等於毛比弖
- 25大大おお船船ぶねををを榜榜こぎぎぎ我我わががが行行ゆけけけばばば於保夫禰乎 許藝和我由氣婆
- 26沖沖おきつつつ浪浪なみ高高たかくくく立立たちちち來來きぬぬぬ於伎都奈美 多可久多知伎奴
- 27外外よそのみのみのみににに見見みつつつつつつ過過すぎぎぎ行行ゆききき與曾能未爾 見都追須疑由伎
- 28多麻多麻たまののの浦浦うらににに船船ふねをををとどめとどめとどめててて多麻能宇良爾 布禰乎等杼米弖
- 29濱濱はまびよりびよりびより浦浦うら磯磯いそををを見見みつつつつつつ波麻備欲里 宇良伊蘇乎見都追
- 30哭哭なくくく兒兒こなすなすなす哭哭ねのみのみのみししし泣泣なかかかゆゆゆ奈久古奈須 禰能未之奈可由
- 31海神海神わたつみののの手纏手纏たまきののの珠珠たまををを和多都美能 多麻伎能多麻乎
- 32家家いえづとづとずとににに妹妹いもににに遣遣やらららむむんととと伊敝都刀爾 伊毛爾也良牟等
- 33拾拾ひりひひい取取とりりり袖袖そでにににははは入入いれれれててて比里比登里 素弖爾波伊禮弖
- 34反反かえししし遣遣やるるる使使つかい無無なけれけれければばば可敝之也流 都可比奈家禮婆
- 35持持もてててれれれどもどもどもしるししるししるしををを無無なみみみとととまたまたまた置置おきききつるつるつるかもかもかも毛弖禮杼毛 之留思乎奈美等 麻多於伎都流可毛
- 36多麻多麻たまののの浦浦うらののの多麻能宇良能反歌
- 37沖沖おきつつつ白白しら珠珠たま於伎都之良多麻
- 38拾拾ひりへへえれれれどどど比利敝禮杼
- 39またまたまたぞぞぞ置置おきききつるつるつる麻多曾於伎都流
- 40見見みるるる人人ひとををを無無なみみみ見流比等乎奈美
- 41秋秋あきさらさらさらばばば安伎左良婆反歌
- 42我我わががが船船ふね泊泊はてててむむん和我布禰波弖牟
- 43わすれわすれわすれ貝貝がい和須禮我比
- 44寄寄よせせせ來來きててて置置おけけけれれれ與世伎弖於家禮
- 45沖沖おきつつつ白白しら浪浪なみ於伎都之良奈美
現代語訳
〔3627〕朝になると、いとしい人が手に巻く鏡のような三津の浜辺に、大船に左右の楫をたくさん取りつけて、韓国へ渡って行こうと、真向かいの敏馬をめざして、潮を待って水路をたどって行くと、沖の方は白波が高いので、浦伝いに漕いで渡ると、(吾妹子に)淡路の島は夕方になると雲に隠れてしまった。夜が更けて行く先もわからず、(吾が心)明石の浦に船を泊めて、浮き寝をしながら、海の沖の方を見ると、漁をする海人の少女たちは、小舟に乗って連なって浮かんでいる。明け方の潮が満ちて来ると、葦辺には鶴が鳴いて渡る。朝凪に船出をしようと、船人も水手も声をかけ合い、(鳰鳥の)波に浮かんで行くと、家島が雲の彼方に見えた。私が思う心も和むかと、早く行って見ようと思って、大船を漕いで行くと、沖の波が高く立って来た。よそながら見て過ぎて行き、多麻の浦に船を留めて、浜辺から浦の磯を見ながら、泣く子のように声をあげて泣けてくる。海の神の手に巻く玉を、家へのみやげにいとしい人に贈ろうと拾い取り、袖に入れたけれど、持ち帰らせる使いもいないので、持っていてもかいがないと、また置いてしまったことだ。
〔3628〕多麻の浦の沖の白玉を拾ったけれど、また置いてしまった。見せる人もいないので。
〔3629〕秋になったら、私の船はここに泊まるだろう。忘れ貝を寄せて来て置いておいてくれ、沖の白波よ。
意訳
難波の三津から船出し、敏馬・淡路・明石・家島・多麻の浦と瀬戸内海を西へ進む旅の行程を詠んだ長歌である。「家島」の名に心を慰めようとしても波に阻まれ、妻へのみやげに海の玉を拾っても届ける使いもなく、また置いてしまうという旅の悲しみを詠む。反歌は、見せる人がいないので白玉を置いた嘆きと、帰りの秋に忘れ貝を寄せておけと波に呼びかける歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 鏡なす
- 「三津」にかかる。鏡を「見つ」の意から。
- 直向ふ
- 「ただむかふ」。真向かいの。
- 敏馬
- 「みぬめ」。摂津の地名。今の神戸市灘区。
- 水脈導き
- 「みをびき」。水路を案内して。
- つららに
- 連なって。
- なづさひ
- 水に浮かびただよって。
- 家島
- 「いへしま」。播磨の家島。家を連想させる。
- 手纏の珠
- 「たまきのたま」。手首に巻く玉。
- 家づと
- 家へのみやげ。
- わすれ貝
- 拾うと恋の苦しみを忘れるという貝。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3627〜3629番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人の歌。作者未詳。
修辞
- 道行
- 地名を連ねて旅の行程を描く。
- 連想
- 「家島」に家を思う心を重ねる。
解説
3627番は巻第十五の遣新羅使人の歌の中で最も長い長歌で、難波から播磨までの船旅を描く。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、558頁(コマ72)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、652頁(コマ90)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日