万葉集 巻第十五 3594〜3597番
潮待つと ありける船を
船に乗って海に出た道中の歌。潮待ちの船と知らずに急いで妻と別れて悔しいという歌、朝の船出をして来ると武庫の浦の干潟に鶴の声がするという歌、妻の形見として見ようとした印南都麻も白波が高くてよそにしか見られないという歌、沖の白波が立って来るらしい、海人の少女たちが島に隠れるのが見えるという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(遣新羅使人等の歌)船に乘り海に入りての路上に作れる歌
- 1潮潮しお待待まつつつととと之保麻都等3594
- 2ありありありけるけるける船船ふねををを安里家流布禰乎
- 3知知しらららずずずしししててて思良受志弖
- 4悔悔くやしくしくしく妹妹いもををを久夜之久妹乎
- 5別別わかれれれ來來きにににけりけりけり和可禮伎爾家利
- 6朝朝あさびらきびらきびらき安佐妣良伎3595
- 7榜榜こぎぎぎ出出でててて來來くれれればばば許藝弖天久禮婆
- 8武庫武庫むこののの浦浦うらののの牟故能宇良能
- 9潮潮しお干干ひののの潟潟かたににに之保非能可多爾
- 10鶴鶴たずががが聲聲こえすすすももも多豆我許惠須毛
- 11吾吾わぎ妹妹も子子こががが和伎母故我3596
- 12形見形見かたみににに見見みむむむををを可多美爾見牟乎
- 13印南都麻印南都麻いなみつま印南都麻
- 14白白しら浪浪なみ高高たかみみみ之良奈美多加彌
- 15外外よそにににかもかもかも見見みむむむ與曾爾可母美牟
- 16わたつみわたつみわたつみののの和多都美能3597
- 17沖沖おきつつつ白白しら浪浪なみ於伎都之良奈美
- 18立立たちちち來來くらしらしらし多知久良思
- 19海人海人あま少女少女おとめどもどもども安麻乎等女等母
- 20島島しま隱隱がくるるる見見みゆゆゆ思麻我久流見由
現代語訳
〔3594〕潮待ちをしていた船だとは知らずに、悔しいことに、急いでいとしい妻と別れて来てしまった。
〔3595〕朝の船出をして漕ぎ出して来ると、武庫の浦の潮の引いた干潟に、鶴の声がすることだ。
〔3596〕いとしい妻の形見として見ようと思っていたのに、印南都麻は白波が高いので、よそながら見ることになるのだろうか。
〔3597〕海の沖の白波が立って来るらしい。海人の少女たちが、島に隠れて行くのが見える。
意訳
難波を出て瀬戸内海を西へ進む道中の歌である。潮待ちのためにまだ出航しないと知っていればもっと妻といられたのにと悔やむ歌、朝の船出に武庫の浦の鶴の声を聞く歌、妻の名を連想させる印南都麻を近くで見られない嘆き、白波が立つと海人の少女たちが島陰に隠れる情景を詠む歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 潮待つと
- 潮の具合を待つとて。
- 朝びらき
- 朝の船出。
- 印南都麻
- 「いなみつま」。播磨国の印南の海辺の島。「つま」に妻を連想する。
- 外にかも見む
- よそながら見るのだろうか。
- 島隱る
- 島陰に隠れる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3594〜3597番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人が船に乗って海路を進む途上の歌。
修辞
- 連想
- 3596番は「印南都麻」の「つま」に妻を重ねる。
解説
3596番の印南都麻は、景行天皇の妻の伝説で知られる、播磨の加古川河口の島とされる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、554頁(コマ70)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、647頁(コマ87)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日