万葉集 巻第十五 3578〜3581番
武庫の浦の 入江の渚鳥
遣新羅使人と妻との贈答歌。羽にくるむように大切にしてくれたあなたと離れて恋い死にしそうだという妻の歌、妻が乗れる船ならくるんで連れて行くのにという夫の歌、宿に霧が立ったら私の嘆きの息と思ってという妻の歌、秋には逢えるのに霧に立つほど嘆くなという夫の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞新羅に遣さるる使人等、別を悲しみて贈答し、及海路に情を慟しみ思を陳ぶ、并に所に當りて誦詠せる古歌
- 1武庫武庫むこののの浦浦うらののの武庫能浦乃3578
- 2入入いり江江えののの渚渚す鳥鳥どり伊里江能渚鳥
- 3羽羽はぐくもるぐくもるぐくもる羽具久毛流
- 4君君きみををを離離はなれれれててて伎美乎波奈禮弖
- 5戀戀こいににに死死しぬぬぬべしべしべし古非爾之奴倍之
- 6大大おお船船ぶねににに大船爾3579
- 7妹妹いも乘乘のるるるものものものににに伊母能流母能爾
- 8あらあらあらませませませばばば安良麻勢波
- 9羽羽はぐくみぐくみぐくみもちもちもちててて羽具久美母知弖
- 10行行ゆかかかましましましものものものををを由可麻之母能乎
- 11君君きみががが行行ゆくくく君之由久3580
- 12海海うみ邊邊べののの宿宿やどににに海邊乃夜杼爾
- 13霧霧きり立立たたたたばばば奇里多多婆
- 14吾吾あががが立立たちちち嘆嘆なげくくく安我多知奈氣久
- 15息息いきととと知知しりりりませませませ伊伎等之理麻勢
- 16秋秋あきさらさらさらばばば秋佐良婆3581
- 17相相あい見見みむむんものものものををを安比見牟毛能乎
- 18何何なにしかしかしかももも奈爾之可母
- 19霧霧きりににに立立たつつつべくべくべく奇里爾多都倍久
- 20嘆嘆なげきしししまさまさまさむむん奈氣伎之麻佐牟
現代語訳
〔3578〕武庫の浦の入江の渚鳥が羽でひなをくるむように、私を大切にしてくださったあなたと離れて、私は恋い死にしてしまうでしょう。
〔3579〕大船にいとしい人が乗れるものであったなら、羽にくるむようにして連れて行くものを。
〔3580〕あなたが行く海辺の宿に霧が立ったなら、それは私が立ちつくして嘆く息だと思ってください。
〔3581〕秋になれば逢えるのだから、どうして霧となって立つほどに、嘆いていらっしゃるのか。
意訳
天平8年の遣新羅使の出発に際して、使人と妻とが交わした贈答歌のはじめである。妻は大切にしてくれた夫と別れて恋い死にしそうだと嘆き、夫は船に乗せて連れて行けたらと答える。妻が自分の嘆きの息が霧となって夫の宿に立つと詠むと、夫は秋には帰って逢えるのだから嘆くなと慰める。
語釈・文法注
文法・本文
- 武庫の浦
- 摂津国の海岸。今の兵庫県尼崎市・西宮市あたり。
- 羽ぐくもる
- 羽でくるむ、大切に守る。
- 羽ぐくみもちて
- 羽でくるんで抱いて。
- 息と知りませ
- 息だと思ってください。嘆きの息が霧になるという考え。
- 秋さらば
- 秋になったら。使人は秋に帰る予定だった。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3578〜3581番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 遣新羅使人とその妻の贈答。作者の名は記されない。
修辞
- 贈答
- 妻と夫が交互に詠みかわす。
- 譬喩
- 渚鳥の羽ぐくみに夫婦の情愛をたとえる。
解説
巻第十五の遣新羅使人の歌は、旅の行程にそって配列され、歌日記の形をとる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、553頁(コマ69)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、645頁(コマ86)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日