万葉集 巻第十四 3572〜3576番
何ど思へか 阿自久麻山の
東歌の譬喩歌五首。阿自久麻山のゆずり葉のつぼみの時に風が吹かないとでも思うのかという歌、山かずらのかげのように得がたい人を放っておいて枯らすのかという歌、里の花橘を引き寄せて折ろうとするがまだ若すぎるという歌、美夜自呂の岡辺の貌花よ咲き出すな、隠して偲ぼうという歌、苗代の子水葱の花を衣に摺って着慣れるにつれていとしいという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(譬喩歌)
- 1何何あどどど思思もへへへかかか安杼毛敝可3572
- 2阿自久麻阿自久麻あじくま山山やまののの阿自久麻夜末乃
- 3ゆづるゆづるゆずる葉葉はののの由豆流波乃
- 4含含ふふまるまるまる時時ときににに布敷麻留等伎爾
- 5風風かぜ吹吹ふかかかずずずかもかもかも可是布可受可母
- 6あしひきあしひきあしひきののの安之比奇能3573
- 7山山やま葛葛かずら蘿蘿かげ夜麻可都良加氣
- 8眞眞ま柴柴しばにににももも麻之波爾母
- 9得得えがたきがたきがたき蘿蘿かげををを衣可多伎可氣乎
- 10置置おきききややや枯枯からさらさらさむむん於吉夜可良佐武
- 11小小お里里さとなるなるなる乎佐刀奈流3574
- 12花花はな橘橘たちばなををを波奈多知波奈乎
- 13引引ひききき攀攀よぢぢじててて比伎余知氏
- 14折折おらららむむんとととすれすれすれどどど乎良無登須禮騰
- 15うらうらうら若若わかみみみこそこそこそ宇良和可美許曾
- 16美夜自呂美夜自呂みやじろののの美夜自呂乃3575
- 17岡岡おか邊邊べににに立立たてててるるる緒可敝爾多氏流
- 18貌貌かおががが花花はな可保我波奈
- 19莫莫な咲咲さききき出出いでででそそそねねね莫佐吉伊低曾禰
- 20隱隱こめめめててて偲偲しぬばばばむむん許米氏思努波武
- 21苗代苗代なわしろののの奈波之呂乃3576
- 22子子こ水葱水葱なぎががが花花はなををを古奈宜我波奈乎
- 23衣衣きぬににに摺摺すりりり伎奴爾須里
- 24馴馴なるるるるるるまにまにまにまにまにまに奈流留麻爾末仁
- 25何何あぜかかか悲悲かなしししけけけ安是可加奈思家
現代語訳
〔3572〕どう思っているのか。阿自久麻山のゆずり葉がつぼみのままでいる時に、風が吹かないとでもいうのか。
〔3573〕(あしひきの)山かずらのかげは、真柴にさえ得がたいものなのに、その得がたいかげを、放っておいて枯らしてしまうのか。
〔3574〕里にある花橘を引き寄せて折ろうとするけれど、まだ若すぎることだ。
〔3575〕美夜自呂の岡辺に咲いている貌花よ、咲き出さないでおくれ。隠して偲んでいよう。
〔3576〕苗代の子水葱の花を衣に摺りつけて、着慣れるにつれて、どうしてこれほどいとしいのか。
意訳
東歌の譬喩歌で、植物にたとえて恋を詠む。まだ若い娘にも言い寄る男がいるだろうと案じる歌、得がたい恋人を放っておいて失うのかという歌、まだ幼い娘を花橘にたとえる歌、恋心を人に知られないよう花に咲き出すなという歌、子水葱の花で染めた衣が着慣れるほどいとしいように、なじむほどいとしさが増すという歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 何ど思へか
- 「あどもへか」。どう思うのか。
- ゆづる葉
- ゆずり葉。
- 含まる
- 「ふふまる」。つぼみのままでいる。
- 山葛蘿
- 「やまかづらかげ」。ひかげのかずら。
- 小里
- 「をさと」。里。
- 引き攀ぢて
- 引き寄せて。
- うら若み
- まだ若いので。
- 貌が花
- 「かほがはな」。昼顔の類か。
- 隱めて
- 「こめて」。隠して。
- 子水葱
- 「こなぎ」。水田に生える草。花で衣を摺り染める。
- 馴るる
- 着慣れる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・譬喩歌・3572〜3576番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の譬喩歌。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 譬喩
- ゆずり葉・山かずら・花橘・貌花・子水葱の花にたとえる。
解説
3574番の花橘は、まだ若い娘をたとえたもので、東歌の譬喩歌の典型である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、547頁(コマ66)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、639頁(コマ83)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日