万葉集 巻第十四 3538〜3541番
ひろ橋を 馬越しかねて
国名未詳の東歌の相聞。馬に寄せる歌。広い橋を馬で渡しかねて、心だけを妹のもとへやって私はここにいるという歌、崩れた崖の上に駒をつなぐように危ういけれど、人妻のあの子を命がけで思うという歌、左和多里の娘に行き逢ったが赤駒の足が速くて言葉もかけずに来てしまったという歌、崩れた崖のあたりを駒が行くように危ういが人妻のあの子に心を寄せるという歌。
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題詞東歌(相聞)
- 1ひろひろひろ橋橋はしををを比呂波之乎3538
- 2馬馬うま越越こしししかねかねかねててて宇馬古思我禰氏
- 3心心こころのみのみのみ己許呂能未
- 4妹妹いも許許がり遣遣やりりりててて伊母我理夜里氏
- 5吾吾わははは此處此處ここにににしししててて和波己許爾思天
- 6崩岸崩岸あずののの上上うえににに安受乃宇敝爾3539
- 7駒駒こまををを繫繫つなぎぎぎててて古馬乎都奈伎氏
- 8危危あやほかほかおかどどど安夜抱可等
- 9他他ひと妻妻づま兒兒ころろろををを比登都麻古呂乎
- 10息息いきににに我我わがががするするする伊吉爾和我須流
- 11左和多里左和多里さわたりののの左和多里能3540
- 12手兒手兒てこにににいいい行行ゆききき逢逢あひひい手兒爾伊由伎安比
- 13赤赤あか駒駒ごまががが安可故麻我
- 14足足あ搔搔がきををを速速はやみみみ安我伎乎波夜美
- 15言言こと問問とははわずずず來來きぬぬぬ許等登波受伎奴
- 16崩岸崩岸あず邊邊へからからから安受倍可良3541
- 17駒駒こまののの行行ゆこここ如如のすすす古麻乃由胡能須
- 18危危あやははわともともとも安也波刀文
- 19人人ひと妻妻づま兒兒ころろろををを比登豆麻古呂乎
- 20まゆまゆまゆかせかせかせらふらふらうももも麻由可西良布母
現代語訳
〔3538〕広い橋を馬で渡しかねて、心だけをいとしい人のもとへやって、私はここにいることだ。
〔3539〕崩れた崖の上に駒をつないでおくように危ういけれど、人妻のあの子を、命がけで思っていることだ。
〔3540〕左和多里の娘に道で行き逢ったが、赤駒の足があまりに速いので、言葉もかけずに来てしまった。
〔3541〕崩れた崖のあたりを駒が行くように危ういけれど、人妻のあの子に、心を寄せることだ。
意訳
国名の分からない東歌の相聞で、馬に寄せる歌が続く。橋を渡れず心だけ恋人のもとへやる歌、崩れた崖につないだ駒のように危うくても人妻を思う歌、道で恋人に逢ったのに馬が速くて声もかけられなかった歌、崖を行く駒のように危うい人妻への恋の歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- ひろ橋
- 広い橋、または板を渡した橋。
- 妹許
- 「いもがり」。いとしい人のもと。
- 崩岸
- 「あず」。崩れた崖。
- 危ほかど
- 「あやほかど」。危ういけれど。東国方言。
- 息に我がする
- 命がけで思う。
- 左和多里
- 「さわたり」。地名。所在未詳。
- 足搔
- 「あがき」。馬の足の運び。
- 行こ如す
- 「ゆこのす」。行くように。東国方言。
- まゆかせらふ
- 語義未詳。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3538〜3541番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 序詞
- 3539番の「崩岸の上に駒を繫ぎて」、3541番の「崩岸邊から駒の行こ如す」。
解説
3539・3541番は、崩れた崖という危うい情景に人妻への恋の危うさを重ねる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、545頁(コマ65)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、635頁(コマ81)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日