万葉集 巻第十四 3535〜3537番
己が男を 凡にな思ひそ
国名未詳の東歌の相聞。自分の夫をいいかげんに思うな、庭に立って笑うので馬に逢うのだという歌、赤駒を打ち手綱を引くように心ひかれて、どんな人が私のもとへ来ると言うのかという歌、垣越しに麦を食む子馬のように、ちらりと逢っただけのあの子がむやみにいとしいという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)
- 1己己おのががが男男おををを於能我乎遠3535
- 2凡凡おおにににななな思思おもひひいそそそ於保爾奈於毛比曾
- 3庭庭にわににに立立たちちち爾波爾多知
- 4笑笑えますますますががが故故からににに惠麻須我可良爾
- 5駒駒こまににに逢逢あふふうものものものををを古麻爾安布毛能乎
- 6赤赤あか駒駒ごまををを安加胡麻乎3536
- 7打打うちちちてててさささ緒緒お牽牽びききき宇知氏左乎妣吉
- 8心心こころ引引びききき己許呂妣吉
- 9いかなるいかなるいかなる兒兒せなかかか伊可奈流勢奈可
- 10吾吾わ許許がり來來こむむむととと言言いふふう和我理許武等伊布
- 11垣垣くえ越越ごしししににに久敝胡之爾3537
- 12麥麥むぎ食食はむむむ小小こ馬馬うまののの武藝波武古宇馬能
- 13はつはつはつはつはつはつににに波都波都爾
- 14相相あい見見みししし子子こらららししし安比見之兒良之
- 15あやあやあやににに愛愛かなしししももも安夜爾可奈思母
現代語訳
〔3535〕自分の夫をいいかげんに思ってはいけない。庭に立って笑ってくれるので、夫は馬に乗って逢いに来るのだから。
〔3536〕赤駒を鞭打って手綱を引くように、心を引かれて、どんなお方が、私のもとへ来ようと言うのか。
〔3537〕垣根越しに麦を食む子馬のように、ほんのわずか逢っただけのあの子が、むやみにいとしい。
意訳
国名の分からない東歌の相聞の続きで、馬に寄せる歌である。妻の笑顔があるから夫は馬で逢いに来るのだから夫を大切にせよという歌、心引かれて自分のもとへ来ると言うのは誰かという女の歌、垣越しに麦を食む子馬のようにちらりと逢った子がいとしいという歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 凡に
- 「おほに」。いいかげんに。
- 笑ますが故に
- 笑ってくれるので。
- さ緒牽き
- 「さをびき」。手綱を引いて。
- 心引き
- 「こころびき」。心を引かれて。
- 吾許
- 「わがり」。私のもと。
- 垣越し
- 「くへごし」。垣根越し。
- はつはつに
- ほんのわずか。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3535〜3537番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 序詞
- 3536番の「赤駒を打ちてさ緒牽き」、3537番の「垣越しに麥食む小馬の」。
解説
3537番は、垣根越しに麦を食む子馬のように、ちらりと見えた恋人を詠む、農村の情景を生かした歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、542頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、634頁(コマ81)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日