万葉集 巻第十四 3531〜3534番
妹をこそ あひ見に來しか
国名未詳の東歌の相聞。獣や馬に寄せる歌。妹に逢いに来たのに、横山辺の鹿のように思っているという歌、春の野で草を食む駒の口のように絶えず私を偲んでいるだろう家の子はという歌、人の子がいとしい時は浜の渚鳥や足を痛めた駒も惜しくないという歌、赤駒が門出をしかねるように出発しかねていた私を見送った家の子はという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)
- 1妹妹いもをををこそこそこそ伊母乎許曾3531
- 2あひあひあい見見みににに來來こしかしかしか安比美爾許思可
- 3眉眉まよ曳曳びきののの麻欲婢吉能
- 4横横よこ山山やま邊邊へろろろののの與許夜麻敝呂能
- 5鹿鹿ししなすなすなす思思おもへへえるるる思之奈須於母敝流
- 6春春はるののの野野のににに波流能野爾3532
- 7草草くさ食食はむむむ駒駒こまののの久佐波牟古麻能
- 8口口くち息息やまままずずず久知夜麻受
- 9吾吾あををを偲偲しぬぶぶぶらむらむらん安乎思努布良武
- 10家家いえののの兒兒ころろろはははももも伊敝乃兒呂波母
- 11人人ひとののの兒兒こののの比登乃兒乃3533
- 12愛愛かなしししけけけ時時しだははは可奈思家之太波
- 13濱濱はま渚渚す鳥鳥どり波麻渚杼里
- 14足足あ惱惱なやむむむ駒駒こまののの安奈由牟古麻能
- 15惜惜おしけしけしけくくくもももなしなしなし乎之家口母奈思
- 16赤赤あか駒駒ごまががが安可胡麻我3534
- 17門門かど出出でをををしししつつつつつつ可度氏乎思都都
- 18出出いででで難難がてににに伊氏可天爾
- 19爲爲せしししををを見見み立立たてててししし世之乎見多氏思
- 20家家いえののの兒兒こらららはははももも伊敝能兒良波母
現代語訳
〔3531〕いとしい人にこそ逢いに来たのに、(眉曳の)横山のあたりの鹿のように、恐れて逃げるものと思っている。
〔3532〕春の野で草を食む駒が口を休めないように、絶えず私を偲んでいるだろう、家の子は。
〔3533〕人の子をいとしいと思う時は、(濱渚鳥)足を痛めて歩みなやむ駒も、惜しいとも思わない。
〔3534〕赤駒が門出をしかねているように、出発しかねていた私を見送った家の子は、どうしているだろう。
意訳
国名の分からない東歌の相聞で、獣や馬に寄せる歌が続く。逢いに来たのに鹿のように逃げられる歌、草を食む駒のように絶えず自分を思ってくれているだろう家の妻を思う歌、恋人に会うためなら足を痛めた馬も惜しくないという歌、出発をためらう自分を見送った家の妻を思う歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 眉曳の
- 「まよびきの」。「横山」にかかる枕詞。
- 鹿なす
- 「ししなす」。鹿のように。
- 口息まず
- 「くちやまず」。口を休めず。
- 愛しけ時
- 「かなしけしだ」。いとしい時。
- 濱渚鳥
- 「はますどり」。浜の洲にいる鳥。「足惱む」にかかる枕詞。
- 足惱む
- 「あなやむ」。足を痛めて歩みなやむ。
- 惜しけくもなし
- 惜しいこともない。
- 出で難に
- 「いでがてに」。出発しかねて。
- 見立てし
- 見送った。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3531〜3534番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。3532・3534番は旅に出た男の歌。
修辞
- 序詞
- 3532番の「春の野に草食む駒の」、3534番の「赤駒が門出をしつつ」。
- 枕詞
- 「眉曳の」「濱渚鳥」。
解説
3532番は、草を食む馬の口が休まないことに、絶えず思い続ける心をたとえた、東国らしい譬喩の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、542頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、634頁(コマ81)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日