万葉集 巻第十四 3527〜3530番
沖に住も 小鴨の如
国名未詳の東歌の相聞。沖に住む小鴨のように長いため息をつく妻を置いて来てしまったという歌、水鳥が飛び立つような旅立ちの騒ぎに妻に何も言わずに来て思いに堪えないという歌、等夜の野で兎をねらうように、ろくに共寝もしない子のために母に叱られたという歌、さ牡鹿の伏す叢のように見えなくても、恋人の家の門の前を通るのはよいものだという歌。
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題詞東歌(相聞)
- 1沖沖おきににに住住すももも於吉爾須毛3527
- 2小小お鴨鴨がもののの如如もころ乎加母乃母己呂
- 3八尺八尺やさか鳥鳥どり也左可杼利
- 4息息いきづくづくずく妹妹いもををを伊伎豆久伊毛乎
- 5置置おきききててて來來きぬぬぬかもかもかも於伎氏伎努可母
- 6水水みず鳥鳥とりののの水都等利乃3528
- 7立立たたたたむむんよそひよそひよそいににに多多武與曾比爾
- 8妹妹いものののらららににに伊母能良爾
- 9物物ものいはいはいわずずず來來きにににててて毛乃伊波受伎氏
- 10思思おもひひいかねかねかねつつつももも於毛比可禰都毛
- 11等夜等夜とやののの野野のににに等夜乃野爾3529
- 12兎兎おさぎ狙狙ねらはりはりわり乎佐藝禰良波里
- 13をさをさをさをさおさおさももも乎佐乎左毛
- 14寢寢ねなへなへなえ兒兒こ故故ゆえににに禰奈敝古由惠爾
- 15母母ははににに嘖嘖ころばばばえええ波伴爾許呂波要
- 16さささををを鹿鹿しかののの左乎思鹿能3530
- 17伏伏ふすすすややや叢叢くさむら布須也久草無良
- 18見見みえええずずずともともとも見要受等母
- 19兒兒ころろろががが金金かな門門どよよよ兒呂我可奈門欲
- 20行行ゆかかかくくくししし好好えしししももも由可久之要思毛
現代語訳
〔3527〕沖に住む小鴨のように、八尺鳥のように長いため息をつく妻を、置いて来てしまったことだ。
〔3528〕水鳥が飛び立つような旅立ちの支度の騒ぎに、妻に何も言わずに来てしまって、思いに堪えかねることだ。
〔3529〕等夜の野で兎をねらうように、ろくに共寝もしないあの子のために、母に叱られてしまった。
〔3530〕さ牡鹿の伏す叢のように姿は見えなくても、あの子の家の門の前を通って行くのは、よいものだ。
意訳
国名の分からない東歌の相聞の続きである。ため息をつく妻を置いて旅立った防人の歌、旅立ちの騒ぎで妻に何も言えずに出て来た苦しさ、共寝もしない恋人のために母に叱られた嘆き、姿は見えなくても恋人の家の前を通るのはうれしいという歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 住も
- 「すも」。住む。東国方言。
- 如
- 「もころ」。ように。
- 八尺鳥
- 「やさかどり」。長く息をする鳥。「息づく」にかかる枕詞。
- よそひ
- 支度。
- 妹のら
- 妻。「のら」は接尾語。
- 等夜
- 「とや」。地名。所在未詳。
- 兎
- 「をさぎ」。うさぎ。東国方言。
- 狙はり
- 「ねらはり」。ねらって。
- をさをさも
- ろくに。
- 嘖ばえ
- 「ころばえ」。叱られて。
- 叢
- 「くさむら」。
- 金門
- 「かなど」。金具のついた門、家の門。
- 行かくし好しも
- 行くことはよいことだ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3527〜3530番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。3527・3528番は防人の歌か。
修辞
- 序詞
- 3527番の「沖に住も小鴨の如」、3529番の「等夜の野に兎狙はり」、3530番の「さを鹿の伏すや叢」。
解説
3528番は、3481番と同じく、慌ただしい旅立ちで妻に別れを告げられなかった悔いを詠む。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、542頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、633頁(コマ80)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日