万葉集 巻第十四 3523〜3526番
坂越えて 安倍の田の面に
国名未詳の東歌の相聞。鳥に寄せる歌。坂を越えた安倍の田にいる鶴のように心ひかれる君は明日も来てほしいという歌、近くにいながら逢えないので沖の真鴨のように嘆くという歌、水久君野の鴨が這うように噂を立てられてまだ共寝しないという歌、二つの沼を行き来する鳥のように私の心が二つに分かれるとは思うなという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)
- 1坂坂さか越越こえええててて佐可故要氏3523
- 2安倍安倍あべののの田田たののの面面もににに阿倍乃田能毛爾
- 3居居いるるる鶴鶴たずののの爲流多豆乃
- 4ともしきともしきともしき君君きみははは等毛思吉伎美波
- 5明日明日あすさへさへさへもももがもがもがも安須左倍母我毛
- 6眞眞ま小小お薦薦ごもののの麻乎其母能3524
- 7節節ふののの間間ま近近じかくくくててて布能末知可久氏
- 8逢逢あははわなへなへなえばばば安波奈敝波
- 9沖沖おきつつつ眞眞ま鴨鴨かもののの於吉都麻可母能
- 10歎歎なげきぞぞぞ吾吾あがががするするする奈氣伎曾安我須流
- 11水久君野水久君野みくくのににに水久君野爾3525
- 12鴨鴨かもののの匍匍はほほお如如のすすす可母能波抱能須
- 13兒兒ころろろががが上上うえににに兒呂我宇倍爾
- 14言言ことおろおろおろ延延はへへへててて許等於呂波敝而
- 15未未いまだだだ宿宿ねなふなふなうももも伊麻太宿奈布母
- 16沼沼ぬま二二ふたつつつ奴麻布多都3526
- 17通通かよははわ鳥鳥とりががが巢巢す可欲波等里我栖
- 18我我あがががこころこころこころ安我許己呂
- 19二二ふた行行ゆくくくなもなもなもととと布多由久奈母等
- 20勿勿なよよよ思思もはりはりわりそそそねねね奈與母波里曾禰
現代語訳
〔3523〕坂を越えて安倍の田の面にいる鶴のように、心ひかれるあなたは、明日も来てほしい。
〔3524〕真小薦の節の間のように近くにいながら、逢わないので、沖の真鴨のように私は嘆いている。
〔3525〕水久君野で鴨が這うように、あの子の身の上について噂を立てられて、まだ共寝をしていないことだ。
〔3526〕二つの沼を行き来する鳥の巣のように、私の心が二つに分かれるだろうとは、決して思わないでおくれ。
意訳
国名の分からない東歌の相聞で、鳥に寄せる歌が続く。田に降りた鶴のように心ひかれる人に明日も来てほしいという歌、近くにいながら逢えない嘆きを沖の鴨にたとえる歌、噂のためにまだ共寝できない歌、二つの沼を行き来する鳥のように二心を持つと思うなという歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 安倍
- 「あべ」。駿河国安倍郡か。
- 田の面
- 「たのも」。田の表。
- ともしき
- 心ひかれる、めったにない。
- 節の間
- 「ふのま」。薦の節と節との間。
- 逢はなへば
- 逢わないので。
- 水久君野
- 「みくくの」。地名。所在未詳。
- 匍ほ如す
- 「はほのす」。這うように。
- 言おろ延へて
- 噂を言い広めて。
- 宿なふも
- 共寝をしないことよ。
- 二行くなも
- 二つに分かれるだろう。
- 勿よ思はりそね
- 「なよもはりそね」。決して思わないでおくれ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3523〜3526番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 序詞
- 3523番の「坂越えて安倍の田の面に居る鶴の」、3525番の「水久君野に鴨の匍ほ如す」、3526番の「沼二つ通は鳥が巢」。
解説
3526番は、二つの沼を行き来する鳥に二心をたとえる、東歌らしい素朴な譬喩の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、543頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、633頁(コマ80)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日