万葉集 巻第十四 3517〜3522番
白雲の 絕えにし妹を
国名未詳の東歌の相聞。雲や鳥に寄せる歌。白雲のように絶えた妹をどうしろというのか心にかかって悲しいという歌、岩の上の雲のように寄り添っていざ寝ようという歌、お前の母に叱られて帰る、出て来て逢ってから行こうという歌、顔を忘れる時は大野にたなびく雲を見て偲ぼうという歌、からすという大うそつき鳥がまだ来ない君を「ころく」と鳴くという歌、昨夜共寝したのに雲の上を行く鶴のように遠く思われるという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞東歌(相聞)
- 1白白しら雲雲くもののの思良久毛能3517
- 2絕絕たえええにににししし妹妹いもををを多要爾之伊毛乎
- 3何何あぜ爲爲せろろろととと阿是西呂等
- 4心心こころににに乘乘のりりりててて許己呂爾能里氏
- 5許多許多ここば悲悲かなしししけけけ許己婆可那之家
- 6岩岩いわののの上上へににに伊波能倍爾3518
- 7いいい懸懸かかるるる雲雲くもののの伊賀可流久毛能
- 8鹿沼鹿沼かぬま附附ずくくく可努麻豆久
- 9人人ひとぞぞぞおたおたおた延延はふふう比等曾於多波布
- 10いざいざいざ寢寢ねしめしめしめとらとらとら伊射禰之賣刀良
- 11汝汝なががが母母ははににに奈我波伴爾3519
- 12嘖嘖こられられられ吾吾あははは行行ゆくくく己良例安波由久
- 13青青あお雲雲くもののの安乎久毛能
- 14いでいでいで來來こ吾吾わぎ妹妹も子子こ伊氏來和伎母兒
- 15あひあひあい見見みててて行行ゆかかかむむん安必見而由可武
- 16面面おも形形がたののの於毛可多能3520
- 17忘忘わすれれれむむん時時しだははは和須禮牟之太波
- 18大大おお野野のろろろににに於抱野呂爾
- 19たなびくたなびくたなびく雲雲くもををを多奈婢久君母乎
- 20見見みつつつつつつ偲偲しぬばばばむむん見都追思努波牟
- 21からすからすからすとととふふふ可良須等布3521
- 22大大おお輕率輕率おそ鳥鳥どりののの於保乎曾杼里能
- 23眞實眞實まさでにににももも麻左低爾毛
- 24來來きまさまさまさぬぬぬ君君きみををを伎麻左奴伎美乎
- 25兒兒ころろろ來來くとととぞぞぞ鳴鳴なくくく許呂久等曾奈久
- 26昨夜昨夜きそこそこそこそははは伎曾許曾波3522
- 27兒兒ころろろとととさささ宿宿ねしかしかしか兒呂等左宿之香
- 28雲雲くもののの上上うえゆゆゆ久毛能宇倍由
- 29鳴鳴なききき行行ゆくくく鶴鶴たずののの奈伎由久多豆乃
- 30間間ま遠遠どおくくく思思おもほほおゆゆゆ麻登保久於毛保由
現代語訳
〔3517〕白雲のように途絶えてしまったいとしい人を、どうしろというのか。心にのしかかって、ひどく悲しいことだ。
〔3518〕岩の上にかかっている雲のように、鹿沼附く人が寄り添ってくる。さあ寝させておくれ。
〔3519〕お前の母に叱られて私は帰って行く。(青雲の)出て来ておくれ、いとしい人よ。逢ってから行こう。
〔3520〕顔かたちを忘れる時には、大野にたなびく雲を見ながら偲ぼう。
〔3521〕からすという大うそつき鳥が、本当においでにならないあなたなのに、「ころく(あの子が来る)」と鳴く。
〔3522〕昨夜こそはあの子と共寝をしたのに、雲の上を鳴いて行く鶴のように、遠く隔たって思われることだ。
意訳
国名の分からない東歌の相聞の続きで、雲や鳥に寄せる歌である。途絶えた恋人を思う悲しみ、寄り添ってくる人との共寝の誘い、娘の母に叱られて帰る男の歌、雲を見て面影を偲ぶ歌、来もしない人を「来る」と鳴くからすをうそつき鳥と呼ぶ歌、昨夜共寝した恋人がもう遠く思われる歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 何爲ろと
- 「あぜせろと」。どうしろと。
- 許多
- 「ここば」。ひどく。
- 悲しけ
- 悲しい。東国方言。
- い懸る
- 「いかかる」。かかる。「い」は接頭語。
- 鹿沼附く
- 語義未詳。3409番にも見える。
- 嘖られ
- 「こられ」。叱られて。
- 青雲の
- 「いで」にかかる枕詞。
- 面形
- 「おもがた」。顔かたち。
- 大輕率鳥
- 「おほをそどり」。大うそつきの鳥。からすのこと。
- ころく
- からすの鳴き声に「兒ろ來(子が来る)」を掛ける。
- 昨夜
- 「きそ」。昨夜。
- 間遠く
- 「まどほく」。遠く隔たって。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十四・相聞・3517〜3522番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 東歌の相聞。作者未詳。国名未詳。
修辞
- 掛詞
- 3521番はからすの鳴き声「ころく」に「兒ろ來」を掛ける。
- 譬喩
- 雲や鳥に寄せる。
解説
3521番はからすの声を聞き做しした機知の歌として名高い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、543頁(コマ64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、632頁(コマ80)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日